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2022年12月06日20:36

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<川がこだまを運んでくる><彼が自分のためにも存在する>

 昨夜の午前零時、W杯決勝トーナメント、日本対クロアチア戦。1対1で延長戦に突入し、それでも決着が着かずPK戦へ。試合終了後のインタビューや選手の様子を最後まで見たため、午前3時にようやくテレビ前から離れてクスリ一粒。たぶん寝たのは午前3時半頃だったように思う。
 本日12月6日火曜日。胃潰瘍の防止薬&睡眠薬を処方してもらうべく行きつけの病院へ。今年最後になるだろう。今朝の朝刊に医療法改正案で議論されている「かかりつけ医」制度の記事が大きく扱われていたが、私の場合、あらゆる病気の診断はまずこの医師の診察から始まっていて、そののちしかるべき大病院へ紹介を乞うという道標が確立して14年になった。医師の正確な年齢は存じ上げないが、たぶん自分より7、8歳上のはずで、還暦を過ぎてからは健康に関連した人生相談をするようになった。私にとってはかかりつけ医であると同時にカウンセラー役を務めていただく存在である。
 今日は1年くらい前から衰え始めた「認知機能」について相談を持ち掛けてみたら、彼ご自身のさまざまなエクササイズを披瀝してもらった。金沢大医学部出の秀才であってもやはり寄る年波には抗えず、日常生活に於いて努力を払われている。いくつか真似出来そうな手法があったので明日と言わず今日から実践していこう、と心に誓った。と共に、先生も自分と同じかという安堵もある。

 一昨日の日曜日、元国会議員宅にお呼ばれした。午後12時半、元国会議員夫妻とフリー編集者(大学の先輩でもある)、そして私の4人で、豪華なランチをいただきながら歓談。
 かれこれ2年前、元国会議員は故国フィンランドの長編純文学を読了後、その作品を日本語翻訳したいと考えた。で、私と先輩編集者にその旨宣言し、版元も決まらないうちから翻訳に取りかかった。
 この9月末、翻訳が終わった。すぐに翻訳文が送られてくると共に、招待を受けたのだが、元議員は難病を抱えていて、10月に会うはずだったのが一昨日まで延びてしまったのだった。
 翻訳文はA4用紙で220枚だった(Wordファイル)。日本語はこなれていない。どころか、英文で読むのと同じ構文読解をしなければ、意味がつかめない。

<我々の頭上の天井が多くの他の兵士達より恵まれている。我々の住まいが垂 木(たるき)で組まれた内牢ではなく、辺境に建つ小さなあばら家だ。ここに 着いたとき住民たちがすでに西へ様々な日用品を残したまま逃げた。食器、 服、庭の横で斜めに倒れかけたサウナ小屋に軟石鹸まで。伍長のライタラ氏が 我々のためにあばら家で住むことの許可を上司に求めた。彼の唯一の条件が、 そのあばら家で古びた壁のログの静けさに安心することなく、用心深さを保ち 野生動物のように自分の穴で常に周りへの警戒と観察をするべきということだ。数週間の暮らしから分かってきたのが、我々と我々のコンポストがそこに 他の動物を誘ったことだ。罠に掛かったドブネズミからその皮を剥いで保存し た。家で待つ子供たちに良質な長靴を作れるから。>
<川がこだまを運んでくる。居るのが苦しい、 彼が居るのが苦しい。
彼が初めて自分の感覚と自分の体に耳をかす。彼が今もまだ彼らの仲間と一緒 に居るが、彼等だけのものではない。彼が自分のためにも存在する。
彼が息をしようと試みる。以前と同じように水から食物を振り分けてみる。 自分が生きるための任務に集中しようとする。しかし川が変化していく。知らない何かを連れてくる。上流から不気味な(得体のしれない)メッセージが運 ばれてくる。それらが通るとき彼に軽く触れるたびに彼の体がおののく。
一体どうしたのだろう?誰かがわざと彼を怒らせているのだろうか。彼が私に何を望んでいるのだろうか? >

 このような日本語がA4用紙で220ページ。
 招かれている先輩編集者はたぶん読むだろう。だから私としては意地でも読了しなければ、と思う。
 10月初旬の時点で220分の20くらいを読んでいた。が、意味がよくつかめない、というか、ストーリーで引っ張っていく小説ではないので、意味がわかったところで面白さが感じられずそれ以上読み進めることが出来なかった。
 しかし、12月4日の正午過ぎに会うのだ。
 11月27日の日曜日から毎日、読むことにした。ガルケス・マルケスがノーベル文学賞を取った時、『百年の孤独』を苦労して読んだことがあったのを思い出す。どことなく文体や描写が近い。そして抽象性と難解さも。
 一文一文を読む。フィンランド語は知らないものの、もし英語ならこういう構文であろう、というような想像をしながら読んでいったのだが、思いの外時間がかかった。最初から読み始めて最後に至るまでに6日(1日あたり2〜3時間)かかった。
 さて、昼食会当日。私は細部で理解出来なかったことをいくつもいくつも、元国会議員に質問してみた。なるほど、そういうことだったのか……と疑問が氷解した。 
 しかし先輩編集者はいっこうに自分の考えを話さず、私と元国会議員のやり取りをおとなしく聞いているばかりだった。
 昼食会は午後3時半に終わった。先輩は茅ヶ崎在住なので、私のクルマで送っていくことになった。
 素朴な疑問を彼に尋ねた。なんだか私が主役みたいな会になってしまったけれど、先輩としては作品の面白さはどうでしたか?
「いや、読もう読もうと思ってもぼくは読めなかったんだ」
 えええっ? 時々、私と元国会議員のやり取りのなかで、適切な相槌を打っていたのに、読んでいなかったとは。
 私は根っからのお馬鹿ではないのだが、たとえば作家にインタビューをする場合、その作家の作品を自分が一定の満足を得られるまで読んだ上で作家に会わないとインタビューは失敗するというタイプ。が、世渡り上手(な編集者)というのはたくさんの仕事をてきぱきとこなすことを良しとして、しち面倒くさい準備などしないのが大半だ。
 ああ、私は(現代の)社会人には向いていない、とよく思ったものだ。そして、それが卑屈な方向にシフトしちゃって会社、というか社会から離脱してしまった(苦笑)。
 しかし難解な原稿をとにもかくにも読み通すことが出来たので、よかったと思ってる。
 先輩を茅ヶ崎のご自宅前で下ろし、ふたたび134号線を今度は鎌倉に向いてクルマで走った。太陽が沈む10分前、江の島水族館前の前あたりにいたのだが、西日が江の島を照らし出し、幻想的な島影が眼前に浮かんでいた。
 いま私の目が捉えている光景をカメラで写すことが出来たなら、と想う半面、今日の記憶はこの夕焼けに映える江の島として心の中に焼き付ければいい、とも考えた。
 ともあれ、江の島に見とれて事故を起こさなくてよかった(笑)。
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