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2022年07月30日11:29

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グリザイユと不思議な日本の、みなし

グリザイユと不思議な日本の、みなし
 西洋絵画の技法で、グリザイユ技法がある。グリザイユ描法とも言われるが、グレートーンで下絵を描き、その上から、固有色をグレーズしていく技法だ。古典技法の定番のように思われているが、専門的に言うと、そうではない。油彩画の場合、下絵には、グレートーンも使われたが、褐色によるカマイユも、多く使われた。褐色による下絵の方が多いのではないかと思う。また、単色による明度変化だけではなく、黒、白、それに褐色を加えた3色で、下絵を描く場合も多い。下絵の技法は、支持体の種類によっても変わり、キャンバスが支持体に使われることが多くなると、ホワイトも使って下絵を描くことが増えてきた。完全にグレートーンだけで描くのではなく、そこに褐色も加えた3色で主に下絵を描く、ということだろう。と言うのも、完全なグレートーンの場合、固有色を乗せた時に、色が沈む傾向が強いからだ。褐色の方が、色が沈みにくい。人間のポートレートを油彩画で描く場合、グレーの肌に固有色を乗せていく場合と、薄い褐色の上に固有色を乗せていく場合では、固有色の発色が変わってしまう。このように、元から、グリザイユには、固有色の色味を沈める傾向があって、あまり好まない画家も多いのだ。
 現代、古典技法の再評価もあって、広くグリザイユ技法が、普及している。パソコンのソフトを使ったイラストでも、グリザイユ技法は、定着しているようだ。また、水彩画でも使われるようになってきている。昔は、印象派の影響からか、グレーや黒系の色を水彩で使うのを嫌う人も多かったが、印象派の影響も薄れて、今では、普通に黒を水彩で使うようになっている。油彩画では、元から黒は、重要な色として、使われている。印象派の場合は、技法的に、偏りがあり、黒の否定も、その一つだ。黒を使わないことは、勝手だが、それが正しい訳ではないことは知っておく必要があるだろう。そのため、黒を使わないから評価されるなんてことは、無い。グリザイユ技法の普及は、黒やグレートーンへの抵抗の無さが、要因の一つだろうとも思う。実際使ってみると、明度変化の描写と色彩描写を分けて描けるので、慣れてくると作業が早くなる傾向がある。実際、固有色で明度変化まで描くとなると、これは、大変になる。
影を描くことで立体感を表現する
 イラストでも、立体感を重視するようになった。あまりに平面的だと、デザイン画のようになって、リアリティが薄れてしまうのだ。平面的な絵が流行った時期もあったが、今は、ある程度の立体感やリアリズムを求める傾向にある。そのため、イラストや、漫画絵でも、影をいかに描くかが、非常に重要なポイントになっている。西洋絵画の基礎では、フォルムと影、立体感は、徹底的に叩き込まれるが、モダンイラストの場合は、そこまでガチガチな必要はない。だが、影の描写を会得しておかないと、稚拙な絵に見えてしまうので、ここは抑える必要があるだろう。
 イラストの影は、みなし影のような存在だ。漫画絵も同じで、影を象徴的に使う描法だ。立体物に光を当てて、それを写実的に描写するタイプの影ではない。水彩も、みなし影の雰囲気はある。西洋絵画では、グリザイユと言うよりは、白い石膏像をデッサンする、いわゆる石膏ゼッサンで、基礎技術を学ぶ。石膏像は、実際の彫刻から型をとって複製したものだ。そのため、質の良い石膏像は、非常に綺麗だが高価だ。学術的に使われるタイプの石膏像で、一般に市販されている量販品の石膏像とは別物だ。量販品は、細部が潰れていて流れたようになっている。値段も質も違うのでしょうがないところか。美術の世界は、良いものは、本当に素晴らしいのだが、それを一般の人は知らない場合が多い。石膏像もその一つだ。
みなし影の描法は、リアルではない
 リアルではないが、絵として質が劣る訳でもなく、ここを誤解している人もいるので説明すると、表現としての影と、リアルな描写としての影は、また、別、ということだ。イラストや、漫画絵では、このような、みなし描写が頻繁に出てくる。漫画の走行線や、吹き出しもそうで、キャラが喋っている言葉を、吹き出しという風船のようなものの中に入れるという発想は、非常に面白い。演劇でも、このような描写は、頻繁に出てくる。全て、表現の一種だ。リアルではないが、決まり事として、組み込まれている。影もそのような描写で描かれるので、決して、写実的な影の描写ではない。そのため、自由な描写や発想も盛り込め、工夫のできる要素でもある。元々、日本の絵画では、影は描かなかった。人物描写でも、西洋絵画のような影は現れない。面白いのは、浮世絵で、昼間の描写では、人物の足元に影が出てこないのだが、月夜の描写では、足元に影が描かれる。これも、影を表現として使っている例だろう。月明かりを強調するための方便だ。昼間が明るいのは、当たり前なので、影は省略されて、月夜の明るさを強調するために人物の足元に影が描かれる。浮世絵の平面的な描写や、大胆な構図は、印象派時代のヨーロッパの画家に大きな影響を与えた。日本の絵画は、描写としては、平面的ではあるが、表現としては、平面ではなく、立体感も距離感も表現されている。それが、みなし表現だ。リアルには描かないが、影や立体感、距離感は、表現する。例としては、遠くの山を小さく描くという描法だ。距離感を実感として表現するのが西洋絵画なら、日本絵画は、それを表現として描写する。山を小さく描けば、そりゃ、遠くにある山だろう。モダンイラスト、特に、日本のモダンイラストや、漫画絵は、このような、みなしを多用する日本絵画の影響を強く受けている。日本のアニメの絵が、独特なのもそのためだろう。それを海外では、非常に個性的な絵として捉えられている。特に西洋人には描けないような絵柄で、みなしの影や立体感を、苦もなく使いこなしてしまう。教えて、描けるようになるような要素でもなく、日本人の描くイラストや、漫画絵は、独特なのだ。見た目は平面なのだが、立体的にも、空間があるようにも感じられる。かなり高度な描法で、西洋人が、それを理解できるようになるのに、かなりの年月が必要だった。日本画は、平面的に描かれているので、表現としても平面だと思い込んでしまったのだ。だが、それは、勘違いで、日本画は、平面的に描こうとは決してしていない。これは、イラストや漫画絵でも同じ。ここを理解するのも、大変かもしれないが、理屈を分析するのは、さらに困難だろう。感覚的に捉えるしかない。みなしは、日本の文化では、頻繁に出てきて、落語の蕎麦をたぐるシーンなどもそうだ。扇子を箸とみなし、無いうどんや、蕎麦をたぐる。話芸だけで、空間を表現し、世界を見せる芸だ。日本の文化には、非常に高度な表現が、至る所にあって、それを、何でもないように使いこなしている。アニメや漫画にも、そのような表現や描写が、ふんだんに盛り込まれている。それを海外のファンは、感じ取って楽しんでいる訳だ。理屈は分からないが、感じ取ることはできる。浮世絵が、世界で評価されたのも、同じような原理だったのだろう。
みなしは、表現なので、原理原則は、有って無いようなもの
 感覚で捉えて、好きに表現するのが吉。












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