mixiで日記を書かなくなって半年となった。きっかけは元同僚にして私と同じ早期退職組で、しかも在鎌倉の友人が亡くなったことだった。彼の4年間に亘る闘病生活は、とりわけ最期の1年が凄絶で、抗がん劑の激しい副作用と半身に広がった痛さから、気が触れんばかりのつらい日々が続いた。4年間は毎日病状に関するメールが彼からスマホに届き、それに返信するのが日課となった。ガンが見つかる前までも毎日のようにメールをくれていたが、ほぼ本にまつわる感想文で、それが図書館本の場合は出来る限り応じて、彼が返却するのを待って借りた。
「鎌倉図書館の本を全部読み尽くす」
かつて彼は何回かそう言って笑った。
今日も私は鎌倉図書館に本を返却しに行ったのだが、館内の入口近くで彼の声が甦ってきて、天を仰いだ。身近な人間の死だから堪えた、というような通り一遍のショックではなく、ある時期から私は彼に自己投影をしていた。
「メメント・モリ」、死を想え。1983年、藤原新也の同タイトル書が出た時に初めて知った言葉だ。ガンジス川の畔で屍が燒かれている写真を見、藤原新也の観念的な随想を読む。私はもとより、藤原新也自身も練り上げて血肉化した死生観は持っていなかったはずだ。
彼の予告通り、亡くなるかもしれないと思い始めたのは2021年の1月頃だ。それまでは話半分にしか聞いていなくて、まるで家系自慢でもするかのような明るい口調で「ぼくの父はガンを患ってから結局、30年間生き続けた」というようなことを繰り返し私は言ってた。
「5年生存率は20パーセントなんだってさ」。彼はよく言ってたな。
メメント・モリと無常感と虚無感とニヒリズムと、古典の授業でよく出て来た「いとあわれなり」というような言葉がようやく分かり始めた。
しかし、理解したとは到底言えない。
「その時」は突然に来た。最後にメールをもらってから3日後に彼は亡くなった。
公開日記やブログなどで、死についての想念をもっともらしく書くのは愚の骨頂だろう。セックスの実体験記を綴るのと同じくらいによろしくないこと。
話は飛躍するが、無常感と向きあっているうち、自分の望みだとか自己顕示欲だとか不安だとか、どうでもよくなってきた。
しばらく日記をやめ、少しはデジタル・デトックスでもやって、その分、自己研鑽するなり、自分をいたわってやるなりしよう。かくして、たとえば図書館に通う頻度を上げ、一日あたりの読書量を最低100ページ以上に設定してみた。自分の特性としてひとつ数字目標をつくると、それを頑なに守る性質があって、たとえば1年近く前から装着しているスマートウォッチで最低歩数を5千歩にしたら、翌日からこのかた、一日も途切れることなく5千歩をクリアしている。大雨の日も積雪があった日も、ただただ記録が途切れるのがイヤさに歩いた。
日記を書かなくなったら、読書量は小幅に増えた。数冊を平行して読んでいることもあって、最低目標ページ数はクリアしているように思う。
今日、ブックオフオンラインで注文した本を取りに、実店舗へ行った。自宅配送だと送料がかかるが、指定店舗受け取りだと無料になるのがありがたい。
注文していたのは朝日の夕刊で編集者が枕頭の書だと絶賛していた近代フランス文学名著『アドルフ』(コンスタン著)、50年前から読みたいと思っていたが立体的な読み方を強いられる戯曲ゆえに敬遠していたモリエールの『人間ぎらい』、戦場文学傑作『野火』を彷彿とさせるという触れ込みの高橋弘希『指の骨』等々、いずれも200ページに満たない文庫本で、単純に「旅先で読みたい本」という基準で選んだ。
今週末から2泊で某格安チェーンホテルに泊まる。昨日の夜、予約を入れた。行き帰りの電車でも読書をするかもしれないので、少し多めに持参。
3月3日に3回目のワクチン接種をした。翌日は情報どおり37.8分の熱が出たが、逆にこれで気持ちに区切りがついて、1泊程度の小旅行をしたいと考えた。韓国の感染状況を見てもコロナの第7波がやがて来るかもしれない。
当初は交通費込みの予算1万円と制限を設けて、下道走りで行ける静岡県内の安宿に泊まるつもりだったのだが、LINEで某ホテルチェーンのお友だち登録をした翌日、(それが昨日なのだが)、お友だち割引きクーポンが送られてきて一泊につき1300円の割引きとあった。それで勢いがついて、連泊することに決めた。静岡県内と違うので公共交通を利用することに。いまの時期、夕食バイキングに「イチゴ食べ放題」というフェアがあって、頭がバラ色ならぬイチゴ色に染まってしまった。
こうして順々に自分語りをし始めたらきりがない。日記を適当に切り上げて、足元に積まれている本を一冊一冊、読了したいし、恩師に手紙を書きたいし、一日延ばしになってる交渉事のメールを早く書け、と自分に言いたい。
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