昨日の午後3時半頃のことだ。
ラズリの散歩をいつもより早めに済ませて帰宅した。ラズをいったん家の中に入れたあと、原稿を書きたくないものだから柘植の生け垣のそばに立って、枯れた枝をポキポキと折っていた。
10分くらいが過ぎてそろそろ止めようかと思った時だった。各家庭の郵便受けにチラシなどを入れるポスティングの人が来た。わが家の郵便受けに何かをいれたあと、彼は小さな声を出した。
「こんなところで寝てるんだね?」
寝ていたのは隣家が飼っている老猫で、この時期、毎日のようにわが家の門のそばで惰眠を貪っている。
私は生け垣の影にいるため、彼は私の存在に気づいていない。
「今日は暖かくていいね」と彼は猫に話しかけた。声がしばらくの間、途切れた。ひょっとしたら猫の背中を撫でているのかもしれない。私には見えないのだ。
2分くらいその男はその場にいた。
長閑だと思った。一軒の郵便受けにチラシを入れていくらになるのかはっきりとはわからないが、せいぜい数円くらいのものだろう。こんなところで猫に油を売っているより、とっとと回ったほうがいいのに、男は決して綺麗だとは言えない老猫を見て、つい声を掛けた。やさしい人だな。勉強になった。
彼が去ったあとで郵便受けに手を突っ込んでみると、市報と市議会便りが入っていた。
今日は昨日と較べると幾分、原稿の進み具合は順調で、この時間(午後7時半)で目標の7割書けた。このあともう少し頑張ったら9割に手が届きそう。
ニュースを見る時間が減った。テレビニュースは一日30分、ネットのニュースは10分くらいか。
テレビニュースの新型コロナウイルス漬けになっていない者からすると、報道の質がずいぶんと落ちた、というかワンパターンのステレオタイプだと感じることが多い。
極端な例だが、昨日も今日も(テレビ朝日のニュース番組では)パチンコ店問題が取り上げられていて、今もなお朝から開店するのを待っている客のインタビューが長々と流れていた。東京都を中心とした感染者数の発表報道より、パチンコ店の小さな状況を取り上げる時間のほうが長い(笑)。
「嫁はんと同じところに長い間いたらしんどなってしもて、パチンコしたなってん」
「パチンコ以外、暇つぶしの方法、知らんねん」
2人のパチンコ客が出ていたのだが、要旨はそんな内容だった。さらにパチンコ経営者のコメントをナレーターが読み上げ、吉村というクソな知事がしかつめらしい顔で当たり前のことを重々しく述べていた。
パチンコをする人間の世間的イメージにぴったりの、いかにも無教養っぽくて、大阪弁でもひどくおちゃらけた下町っぽさがあって、昭和な感じ。まるで安直な再現ドラマを見さされた後味の悪さを覚えた。
いまどき、こんなアホらがパチンコやってますねん。迷惑ですねぇ、社会の敵ですわ。
悪意さえ感じさせるテレビ局の姿勢だ。生活保護受給者を嘲笑するネトウヨと基本、まったく同じで、生活保護=パチンコと酒で惚けている人と断定する単純思考。
しかしなんでパチンコ関連問題と言えば毎回毎回、大阪のおっちゃんなんやろ?
大阪弁しゃべる人全体を馬鹿にしてへんか? 私は大阪弁を第2外国語で学んだよってかなりしゃべられるけど、パチンコはせえへん。どっちか言うと、昭和な感じでもないで。
パチンコ屋は3密の極致やというのは確かやし、非常事態に「好きやからパチンコしてなにが悪いねん」という居直りもイヤやけど、なんかよってたかってアホをさらしもんにするちゅう風潮がイヤやねん。こういうアホの2ランク先に自分がいる思たら、太宰治みたいに苦悩する自己嫌悪になるやんか。
ワンチームには必ずひとり、大阪弁でしかも無教養なおっちゃんがいるもんや。
昨日パチンコ屋を取り上げたんなら、今日は深夜でもやってるセクシーキャバクラ出さんと偏り報道やで。
そう言えば今日、犬仲間と道で遇ったとき、「さっき昨日オープンした無印良品の前を通ったら行列が出来てました。こんな時期にわざわざ開店しなくていいし、せめて無印カフェは営業自粛したほうがいいと思うな」と言うてました。ここは鎌倉やさかい、大阪弁使うひと、ほとんどいまへん。実はボクもここまでベタな大阪弁使うの、初めてでんがな。
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