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2018年05月22日21:40

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片道40分の悩み相談

 いまや死語になってしまったが、私には子ども時代から変わることなく「活字信仰」がある。私だけじゃなく、ラズリにも活字信仰はあるらしく、一時的に床に置いた本や雑誌や新聞を踏むことは絶対にない。さすが、最も知能が高い犬種だけのことはある。
 昨夜眠る前、『持たない暮らし』(中経の文庫)を読んでいたら、誤字脱字と校正ミスと、同じ言い回しの文章が何度もあって、たびたび不快になった。たとえば、ファストフードとファーストフードという表記が同じページ内で混在している。編集者や校正者であれば、一目見たら分かりそうなものだ。内容についても、矛盾した言い回しがたびたび見られ、担当編集者はゲラを読んでるのだろうかと思った。比較的新興の版元とは言え、この程度の内容と「ザル校正」で出版できるのか。校正でミスは付きものだとも言えるが、私の買った文庫は3刷だ。一般的な出版社であれば、編集長か副編か販売課長あたりがざっと新刊に目を通し、誤字脱字があれば即座に担当を呼び出し「再版で直せ!」と叱責する。
 私が会社を辞めた頃から、だんだんと出版物の質が問われなくなってきた。編集者にしても読者に於いても「活字信仰」が失せ始めたのだろう。編集費が削減されて、丁寧な校正ができなくなったという事情もある。1年間に出す冊数のノルマが増えているという厳しい状況もある。本が売れないから、給与やボーナスは下がる。オリジナリティのある良書より、中身がなくても話題になりそうな本を良しとする。貧すれば鈍す、なんて言うと大仰に過ぎるかもしれないけれど、きめ細やかな校正とか著者との徹底した話し合いという編集作業の地平に本がある、というのは時代遅れなのだろう。いまの時代、活字信仰なんて、滑稽な幻想でしかない。
 書きながら思いついたのだが、出版の衰退は日本の衰退と相似している。負の連鎖、理想形の消失。
 あー、ここまで書いておいて、自分が言っているのは了見違いだった。
 先週末に読み終わった瀬戸内寂聴さんの短編集『わかれ』(2015年10月刊)、そして今読んでいる最中の村上春樹『女のいない男たち』は、内容についても装幀についても申し分なく、これぞハードカバーの真髄だという触れる歓びがある。
 悲観的に物事を見ちゃダメだ。

 今日もいい天気だ。しかし心は晴れていないので、昼を過ぎたあたりでクルマに乗る気分になった。友人の中古車店にNTT電話をしたら、今日は午後4時半までいると言うので、電話を終えてすぐ、クルマに乗った。
 昨日、iPhoneでヤフーニュースを読んでいて、70歳以降の免許証更新は講習を受ける義務があることを知った。オレはあと8年後か。
 老人ドライバーに講習が必須、というのは正しいと思う。クルマの運転は、動体視力や判断力や注意力が必要で、道路標識や交通法規も忘れてはいけない。この10年で私は2割くらい総合力が落ちた。この先8年で、また2割くらい落ちていくと想う。
 それでクルマのプロと話をしたくなったのだった。自分の不安やこの先の青写真を語って、気持ちを少し落ち着けたい。
 40分くらいで店に着いて、悩みともぼやきともつかぬ愚痴を聞いてもらった。
 で、帰り道の午後4時半、ちょっとした「事故」があった。
 友だちの店の前の道で、前を走っていた軽自動車が突然停まった。そして、ハザードランプがちかちかと点滅した。運転席から女性ドライバーがドアを開け、クルマの周囲を一周した。
 1車線の狭い道で何をしてるんだ? と訝しく思った。見た目30歳代の女性なので、後席に子どもをチャイルドシートに乗せていてその子が泣き出したのかな、と想像した。
 30秒ほど経って、苛ついてきたとき、彼女が私のクルマに歩いて来て、「当て逃げされちゃったの。ナンバー見てませんか、覚えてませんか?」と訊ねた。
 ええっ、当て逃げで、こすられた箇所を確認していたのか?
「いえ、ナンバーなんてそもそも見ていません。黒いクルマ、車高が高いボックスカーだったかな……」と答えた。
 私も降りて見てみたら、クルマの前のバンバーに目立つ傷と凹みがあった。
 向こうのほうからぶつかっておきながら、さっさと逃げて行ったという。
 彼女に怪我も事故の衝撃もなかったのが救いだ。
 友だちに電話をしたら、「警察に行くのがいい」というアドバイスだったので、彼女にそう伝えた。 
 営業車だそうだから、保険は入っているだろう。
 ただの物損事故でよかった。
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