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2018年05月21日00:25

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まぼろし

 昨日19日土曜日のことをメモしておこう、という衝動が起こった。
 3週間くらい前に大学の先輩ミュージシャンからライブのお知らせが届いたので、手帳のスケジュール欄に時間と場所を書き入れた。6月19日午後7時、横浜・日の出町の『ボーダーライン』。他に昨日は、鎌倉ブックフェスタという小さな催しが由比ヶ浜である。忘れないようこのイベントも書いた。
 昼イチ、自転車でブックフェスタが開催されている「公会堂」に行った。イベント内容を簡単に言ってしまえば、本好きの個人や一人出版社、移動古本屋などが集まって、本とかミニコミなどを展示即売する催しだ。開催以来毎年行っていて、まるで高校生の遠足土産のような心持ちで何か記念品を買って帰り、本棚に収める。これまでは、古本とミニコミ誌だった。多摩美大の学生が制作したきわめてアーティスティックな限定本をお持ち帰りしたこともある。私の宝物だ。
 昨日は手作りブックカバー(文庫サイズ)を買った。ブックカバーが売られているのは初めて見た。私はブックカバーを掛けて本を読むことが滅多にない。なのに、ひょいっとブックカバーを手に取ってみたら、布の手触り感が手に馴染む。文庫サイズが4点、新書サイズが1点、四六判サイズが何点か売られていたが、ハードカバーは本自体の意匠が本の内容と深い次元でリンクしているので、カバーは不必要どころか邪魔になる。だから文庫カバーだけを一つひとつをためつすがめつ手に取って、デザインを眺めた。同じカバーは一つもない。微妙に作り方もそれぞれ違っていた。
 買いたいと感じたのが2点あった。どうしようかな。
 2点とも購入した。
 うちに帰って試しに文庫本に掛けてみたら、一つのカバーのほうが「光文社文庫」は入らないほどきちっきちなサイズだった。文庫は各社で天地左右とも2ミリくらいのばらつきがある。このカバーで入る文庫が半数、入らない文庫が半数だった。もう一つのカバーは天地が平均のサイズより2.5ミリくらい大きく取られているので、どの文庫も収まった。これまでカバーを使わないで読んで来たが、これからは時々、カバーを付けて読んでみよう。ドトールにカバーを掛けた文庫本を持って行って、店内で小一時間くらい読書をするという想像をしてみたら、満更でもないような気になった。
 午後4時を過ぎて駅に行って、横須賀線の上り列車に乗った。土曜日のこの時間は観光客でいっぱいなのだが、駅に着いたらちょうど電車が出たばかりで先頭で並んだので、座ることが出来た。
 ライブハウスは桜木町から7分くらい、京浜急行日の出町からだと5分くらいのところにある。今回は桜木町の一つ先、JR関内駅で降りた。関内・桜木町間の怪しさは東京などの都会では見られないもので、あるときは街が泣いているし、あるときは饐えた匂いが立ちこめ、あるときは暴力的で官能的で破滅的で、とても危ないエリアだ。自分が下戸でよかった。酔っぱらってあらぬ方向を千鳥足で歩いていたら、物盗りか美人局かヨタ者に引っかかって身ぐるみを剝がされるような一角だ。
 途中喫煙所で一服していたら、風体怪しそうな年配者から声を掛けられた。私の外見をして「お兄さん、黒が似合っている」と言う。で、自らのことを話し出した。酔ってはいないようだ。
「40年前の伊勢佐木町を知っているんなら、お兄さん、24時間営業の根岸家、知ってる? オレはその厨房にいたんだ」
 根岸家? 聞いたことがあるようなないような。
 適当に話を合わせて彼がタバコを吸い終わるのを潮時に、「おじさん、いつまでも元気でね」と行ってその場を立ち去った。
(自宅に帰ってからネットで調べたら、横浜で伝説的な飲食店だった。黒澤明監督の『天国と地獄』にも登場しているらしい。http://hamarepo.com/story.php?story_id=2128)
 で、学生時代から通っている中華屋「三陽」に行ったら、土曜日らしく客で溢れ返っている。ライブ開始の時間に間に合わないといけないので、松屋へ行って牛丼を食べた。
 午後6時45分に「ボーダーライン」着。
 伊勢佐木町のブックオフで買った文庫の前書きを10分くらい読んでいたら、ライブが始まった。
 歌い続けて、あと少しで50年になると先輩は言う。私が初めて先輩の歌を聴いてから、43年が経った。
 新CDに収められている曲のひとつに「まぼろし」というのがある。

あれから三十年がたった
違う場所になった街
もう声を聞けない人
遠くへ旅立った人
ほんとうに三十年がたったのか
あの駅で降りてみよう
でもそこには何もない

 この10年、先輩の詩には、「死に行こうとする生」という翳がしばしば見られる。笑いを含んだ明るさがあったり、老人が今際につぶやくような詩があったり。
 還暦を過ぎたあたりで九分九厘のミュージシャンは退化していくものだが、先輩は今なおずっと進化し続けている。
 この曲も含めて20曲近いライブだったが、次のCDに収める予定の曲「カタチ」が、この世で最上の葬送曲だと感じた。メロディも歌詞も、人間の真実を表現されている。真実なんてない、と言う人は自らロマンを分かっていないか否定するかのろくでなしだ(笑)。私は先輩の唄に真実が詰まっている、と思っている。
 ライブが終わったら、度重なる感動が心に堆積してしまった状態で、ぐったりした。
 しかし、深夜、ライブで感動した曲を5曲ばかり選んで、CDで聴いたのだった。
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