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2015年11月28日21:41

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人生は美しい(by トロツキー)

 朝の散歩中、雲一つない青空をラズリと一緒にしばし眺めていた。
 こんな空を見ると、ときどきトロツキーの遺書をぼんやりと思い出す。
 正確な訳としてはこんな内容。

 澄みわたった青空が広がり、太陽の光があたり一面にふりそそいでいる。
 人生は美しい。
 未来の世代をして、人生からすべての悪と抑圧と暴力を一掃させ、心ゆくまで人生を享受せしめよ。

 私の記憶では、(一面に広がる青空を見上げていると人生は本当に美しいものだと思ってしまう。この世の中からすべての悪という悪がなくなれば、と心から願う)というようなゆるい文言に書き換えられている。知って40年目の風化。
 マットレスも含めてベッド周り全てを干す。こんなにきれいな青空なら、肺の内側とか頭の奥なども干して滅菌したいものだ。
 床を草箒で掃いたあとにワックス掛け。ついでに、床のささくれだった箇所を瞬間接着剤などで補修したのだが、軍手をしていても液体の接着剤は指についてしまい、あとで往生した。杜撰な性格というのは少々努力したところで治るものではない。
 バケツで育てていた唐辛子を少々収穫する。9月10月と実って黄金色に色づいた唐辛子をすでに300本ほど取っているので、残りもあとわずかになった。今回は50本くらい。寒くなって花が咲かなくなったので、クリスマス前に残りを収穫して終わりとなる。黄金唐辛子は鮮やかな黄色で、見ていて飽きない。それだけに収穫が終わりに近づくと寂しくもある。
 正午前、ロイター通信デジタル日本語版を開くと、トップ記事に難民とおぼしき人たちが寝転がっている写真があった。 
 壁に「REFUGEES STRUGGLE」と大書されている。誰が書いたのだろうか? まさか難民のなかで心得のある者が書いたとも思えない。
 struggleはもがくという意味で、社会学でときどき使われる。たとえば青年期に悩み苦しむ心の葛藤を指すこともあれば、心的闘争と訳されることもある。卒論のなかでどうしても使いたかった概念だったので、struggleという単語にも記憶の扉を開いてしまった。REFUGEES STRUGGLEは「悩める難民」という意味なんだろうか。この写真、私には寒々しく思えて、痛い。
 と書いたところで、いやなテレビ番組を思い出した。
 昨晩10時前、テレビを付けたらボリビアの標高4000メートルで学校支援活動をしているらしい女性が映っていた。どういう事情でそこに住んでいるのだかわからないまま10秒ほど眺めていると、彼女が「高地なのでとにかく寒いのですが、シャワーは水だけでお湯がないからたいへんなんです」というようなことをレポーター役の男優に語った。その受け答えのあと、画面はテレビ局のスタジオに切り替わり、森泉という森英恵の孫なるお馬鹿タレントが「わー、信じられない。日本人でよかったぁ」と大笑いし、醜男な芸人MCが同じく「へええええ」と大仰な声で笑っていた。私はめったにテレビを見ない人間なのに、どうも森泉という馬鹿女とは縁があって、以前にも偶然、選挙の話題でMCが彼女にコメントを求めたら「そんなださいもの、行くわけないでしょ」と笑い飛ばしたのを見たのだった。このときはそのあとにオチがあって、MCが「番組で不適切な発言がありました。お詫びします」と謝っていたのだが、視聴者がこういうB級タレントを求めているようなところもあるのだろう。私が会ったりつきあったりした大金持ちの芸能人や財界人は水シャワーを絶対に嗤いはしない。映画俳優さんたちは水だけシャワーどころか、飲み水にも窮する撮影暮らしをしても根を上げないし、日本スーパーマーケットの会長をされていた経営者はテントに泊まってあちらこちらで植樹していた。
 私は自分がこんにちまで食うことにも住むところにも困らず生きてこられたことは幸運以外の何ものでもないことを自覚している。不幸を強いられた難民を想うと、人智を超えたSTRUGGLEに対してただただ申し訳なく思う。そして、日本人に生まれてよかった、というようなデリカシーのなさを憎む。
 Jリーグのチャンピオンシップ、ガンバ対レッズ戦は息詰まる熱戦だった。ガンバを応援する目で試合を観ていたのだが、途中からどっちも勝って欲しい(負けないで欲しい)という視点に移行してしまった。前向きな姿勢を好まない私としては不覚の思い。
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