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2015年11月20日13:40

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晩秋の大学で夜、学ぶ

 昨日も私にとっての「夜遊び」敢行、帰宅したら午後10時ちょうどだった。テレビをつけたらプレミアム21の準決勝、日本対韓国戦がまだ終わっていなくて、日本が3点リードのまま9回表を迎えていた。韓国劣勢、残すはこの1回だけという状況で、この時点までヒット2本だとか。すぐに終わるだろう、と観戦していたら、あれよあれよという間に韓国が一挙4点をとって、その裏の日本はヒット1本が出たもののあっさり終了。結果論から9回表裏の監督采配を較べるのも失礼だろうと思うけれど、小久保監督の楽観主義と、いい投手の出し惜しみが見え隠れする心情が、笑えるくらいにゆるくて、日韓の根深い対立に不注意過ぎるのでは、なんて思った。小久保監督はリーダーシップに長けて人格者だとも聞く。彼にとってなんともお気の毒な結末となってしまった。
 午後4時半、JR横浜駅。平日のこんな時間なのに人の数が多い。ダメージを与えるだけが主眼のテロなら、警備態勢が(国内では)比較的強化されている東京よりも人口が日本第2位のくせに何かにつけてゆるゆるな神奈川県のほうがターゲットにしやすいのでは、なんてことを想ってしまう。イヤな渡世だ。
 駅ビルを通って私鉄駅に向かう。ちらほらとクリスマスに向いたディスプレイやイルミネーションで装飾されたショップがあった。今年も残り1カ月半を切ったことを実感。
 私鉄に乗って10分足らずで最寄り駅に着く。ここからが難儀で、キャンパスは丘の上にあるため途中山登り状態の階段が続く。金比羅山と同じくらいてっぺんにたどり着くまで体力が要る。途中でうしろを振り返ると、街の夜景が見える。B`zの歌で「灯りがぽつりぽつりとともる」みたいな歌詞があったが、これって全学生が毎日否応なく見させられる光景で、卒業して何年かが過ぎると原風景になるんだよな。
 大学の南門まで20分。大学の警備が厳しくなったこの時代に1年365日閉まることもない校門というのも珍しい。学食の営業時間をあらかじめネットで調べて午後7時まで3つの食堂が開いているとのことだったので、なかでいちばん安い学食へ向かう。私の時代、カレーが70円、ごはん40円、味噌汁5円、おかずは10円からで、いよいよ金がなくなってくるとごはんと味噌汁と納豆かわさび漬けくらいで済ませたものだった。
 当然、第一食堂も改装されている。カレーが330円、ラーメン300円なんてものまである。見本の中華定食が美味そうに見えたので、450円を奮発してみよう。鶏の甘酢がけに千切りキャベツ、切り干し大根の煮物とキュウチャン付けと味噌汁。私の前に留学生らしき中国人(台湾人かも)グループがいて、うち一人が給仕のおじさんから料理の説明を受けていた。彼は留学生の友だちなんだろうか。
 昔は日本一自殺者が多かったこともあって「これくらい不味いメシを食わされていたら死にたくもなるわな」と揶揄されるほど評判が悪かった味だが、意外や意外、美味い。家から近くだったら通いたいくらいだ。
 時間帯が中途半端だったせいか学生はあまりいなかったが、テーブルにノートや参考書を広げてペンを握っている学生がわりと目に付いた。照明が明るいので無料の勉強室だ。
 まあまあの夕食を済ませて、生協などが入っているビルに移動。学校名入りのボールペンを買って、ビルの外に出ようとしたら、いきなり「お帰りなさい、ご主人様」と女子学生から声を掛けられフリーズ。割ときれいどころの女子大生が3人か4人、立っていて、ここはどこだぁ、と不信に思う。ドアを出たところで、このキャバクラ孃みたいなグループがみんなで「おいしくなーれおいしくなーれ、もえもえ……」と唱和していて初めて気がついた。そうか、さっきちらっと目に入った大学祭ポスター、今週末がその大学祭なんだな。この大学は世間のイメージとは違って、正真正銘の美人やちょっと頭がとろそうな女子高生に近いロリコン系が多いので、この隠れた特徴を宣伝していけば優秀な男子志願者が増えるのではないか。あるいは夜限定でメイド喫茶を常時開設して、市民に開かれた大学・市民に愛される大学にするほうが今後、生き残るような気もする。
 そういう意味でも、本日開かれる講演(シンポジウム)は有意義なものだ。 
 この夏、安保法制反対運動からこの大学に「九条の会」があることを知り、もし集会やデモがあるならそのなかに入りたい気持ちから入会した。今日は第2回目のイベントらしい。東京大学名誉教授の佐藤学氏を講師に招聘、2015年の安保関連法案の反対運動と、新たな民主主義の模索について考える、という内容だ。
 佐藤氏が最初に紹介されたのは、昨年3月18日台湾で学生たちが立法院占拠をした「ひまわり学生運動」と香港で12万人もの一般市民が集まった「天安門追悼16周年集会」。アジアの保守的で閉塞的な国々が徐々に変わり始めた、と彼は分析する。で、このあとは自らが立ち上げた「学者の会」による反対運動やSEALD`sの動きなどを順々に説明していく。聞きようによってはつまらないとかイデオロギーが歪んでいるとか、否定する人たちが多いことだろう。が、私にはそう思えなかった(当たり前だけど)。
 ポジティブな感情を忘れず、常に諦めないこと。旧来の自分に固執しないこと。戦いは継続すること。自分のあとに続く世代を考えること。こんなふうに彼の話のなかから得るエッセンスをメモった。
 佐藤氏はSEALDsについて、ようやくと新しい学生運動が萌芽したと言う。
1 一人称「私」を主語として日常から出発する政治の語り口調
2 政治の倫理的実践を不断の努力として続ける誓い
3 市民運動に立脚した主体的運動
 旧態依然とした左翼や労組の掲げるスローガンや政治理念と、SEALDsのそれははっきりと差があるというのは最近の論評でもしばしばなされているが、その通りだ。2015年は失った民主主義も大きかったが、得た民主主義も同じくらいあった。
 しかし、この佐藤氏という人物もクセ者だ。このたびのテロに対して、「もし私がテロリストであればセキュリティがまだまだ甘い原発をねらうでしょう。電源をコントロールする中央のコンピューターにサイバー攻撃を仕掛ければいい」なんてアブない冗談を飛ばす。まあテレビでそんなことは間違っても言わないように。
 基調講演が終わったと、九条の会世話人から「休憩がてら隣同士の人で自己紹介でもしてみてください」と言われ、気が進まないものの隣の座っている男性に向かって声をかけてみた。
 私はこの大学のOBです、と自己紹介をすると、私より5〜6歳上に見える彼は「わたしもここに勤めていて引退した者です」と答えた。
 職員なのか先生なのか。
 まあそんなことはどうでもいいと思いつつ、「この会に入会したのは、この夏、久しぶりにデモに参加し、かろうじて希望を持てたことやこの希望を継続させたいと考えたことからです」などとホンネを話してみた。が、しかし、数分後にとんでもないことが発覚してしまう。彼は私が在学中、同じ学科の教員をしていた教員だった。たかだか1学年40名の学科で多少専攻から違うとは言え、彼のことを知らなかったというか覚えていなかったとは。いかに真面目な学生じゃなかったかがバレてしまった気分となり、ひょっとしたら自分は天ぷら学生だったのではないかと自嘲したのだった。が、40年近く前の話をしていてお互いの記憶で一致するところもあったので、私も彼も在籍していたことには間違いない。定年を1年残したところで大学をお辞めになったという。もし自分がここの大学の残っていたなら、なんてことをちらっと考えた。現実的にはあり得た24歳だった。
 このあと、教科書問題だとか憲法に謳う主語が「国民」であって多くの在日外国人にあっては差別ではないかといった問題が取り上げられ、あらためて人権とはなんだろう、というテーマを自分でも深化させなければならない、と思った。そもそも憲法草案ではpeopleとなっていたのを人民とするか国民とするか議論があったという。思えばこの70年、民主主義の歩みは物質文化の発展と較べてあまりに遅い。この乖離が現在の貧困に結びついているような気がしてならない。
 いい機会を得た。
 もう自分には関係ない、と社会を他人事に見てしまう傾向が年々強くなっていたが、そこにくさびを打ち込まれた一日となった。
 
 
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