曇りかと思うと小雨が落ちてくる今日のような日が一年365日続くのなら、じっくりと書物や書き物に取り組めるのに、と思う。朝、日本で初めてヘンリー・ソローを訳した男の一生を描いたたぐい稀なる自費出版本『水島耕一郎評伝』を前にして、明治44年初版の『森林生活』水島耕一郎訳を全ページ、一言一句パソコンで打ち込んでみようか……と夢想した。旧字旧かなに加え、ご長男の水島宣彦氏自らが「緊張した硬派古典文体」と言うような難解な読み物なので、300ページのテキスト化でゆうに300時間を要する。いや、もっと時間はかかるだろうし、校正にも100時間くらいが必要だ。日本語入力の変換は精度が高まったが、それは口語体に限っての話だ。
<余が森林に入つた理由は徐(おもむ)ろに工夫を運して生活を營み、人生百般の事情のうち其最も混本的の要点のみに接し、又人生の教訓を學ばんと試み、死に臨んで我生の空きを嘆ずるやうな事がない樣にしたいと、斯う考へたからである。>
この一文だけでいったい何度変換のためにスペースキーを叩いたか。そもそもぼぉっと字を目で追っていると、意味がまったくわからなかった。これなら英語の原文を読むのと大して相違ない。どころか変換がない分だけテキストにしやすい。しかし、せっかく原本をこの週末から一時的に預かるわけだから、自分になにが出来るのか、考えておきたい。能力がないのに根気も備わってない、という資質が恨めしい。私の家の上空限定で1年間にわたって曇りであれば、陽気に微風に誘われて外に出たくなるという欲動をある程度抑えこんでそれなりの成果を出せるかもしれない、なんて思ったのだった。
MacFan誌を繰ったり、献本を読み始めたりと、多動性障害な時間の使い方をしていたら、マイミクさんから短編小説が送られてきた。彼とは3年前に一度、同人誌をつくろうかと話が盛り上がったことがある。
まずはテキストをアプリで縦書きに変え、さらに両面印刷設定をしたりしてからプリントアウトした。そしてすぐに読み始めた。
読みながらこれはフィクションだともノンフィクションだとも受け取れた。ホスピスに入院してまもなく死を迎えようとする友人と私のドラマだ。人間50歳を過ぎたあたりから同世代の友人知人のなかでぽつぽつと亡くなっていく。寿命というのはすべての生物に神が与えたもうた試練であって、一歩退いて見てみれば残酷な愛とでも言うほかない。
30枚弱のテキストを30分のスピードで読んで、すぐに感想をメールした。窓の向こうに目を凝らすと、小降りの雨が降っているように見える。が、それから30分くらい経ってラズリを外に連れ出してみたら、雨はまったく降っていなかった。
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小田嶋隆11月5日のつぶやきは、本日発売の週刊ポストだと知った。
こういう暇ネタが雑誌には必要だが、「女はムチムチがいいかスレンダーか、私の考えを明かそう」って、発想もタイトルも週刊大衆以下(正確には未満だ、もう少し読みたくなる下品さが欲しい)。
<小田嶋隆 @tako_ashi 11月5日
某週刊誌から電話取材、「女性の好みはムチムチ派か、スレンダー派か?」という質問。回答はお断りする。おっさんがこういう話題に関与すること自体がすけべったらしいと思うから。「ムチムチ派」なり「スレンダー派」なりの陣営に名前を書かれることに何のメリットがあるというのか。冗談じゃない。>
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