旅行を挾んだのと激しい歯痛に見舞われたことから、ようやく今日、小池真理子さんの『モンローが死んだ日』を読了。500ページと大部だったことと、いつもながらのミステリー枠に収まらぬ細やかな心理描写が小池さんしか書き得ない人間ドラマゆえ、読み終わったあとしばらくは、人間とは何か? という命題がこの一冊を読めばわかると思えたほどに満足感を覚えた。小説が普遍的に扱うテーマは、孤独、愛、自律と他律、歓びと哀しみ、偶然と必然などが挙げられるだろうが、この長編にはこれら全てが品よく織り込まれていて、しかも編み目が細やかなものだから、浸りこみやすい。よくできた小説で読み手が「もし自分が主人公であったらこうするのに」と感情移入してしまう作品は数多いが、小池さんの小説は自分に惹き付けて読むことを遠ざける技術が活かされているように思う。毎回のように、自分と等身大に近い人間が出て来るにもかかわらず、だ。どういう仕掛けがあってこうも私を(多くの読者を)魅了させるのか、優れた文芸評論家の小池真理子論を待ちたい。
物が増えるのが単純にイヤなのと、そもそも音楽の9割はYouTubeで音楽動画を見るかiTunesに保存しているMP3で聴いているため、性能のいいオーディオ装置を買う気持ちが乏しいのだが、今日の夕刻、好きなミュージシャンのとびっきり好きな曲をソニーのパワードスピーカーで聴いていて、物足りなく感じた。部屋の四隅、いや天井からも音が流れ落ちるのを欲しているので8箇所から部屋全体に充満するようなオーディオ装置があればいい、と夢想した。小さな音で流しているのに、音のリアルさはそのままに。声の響きも楽器の音色もそのままに。
探せばあるかもしれない。が、高価な上に、配線が部屋の中を這って見た目が苛つくことだろう。諦めるほかなさそうだ。こんなことを考えられるくらいに、痛みは治まってきた。少し希望が持て始めた。
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