朝5時過ぎに痛みで目が醒めた。空きっ腹に痛み止めを服むのが胃に良くないことはわかっているのだが、服まずにいられない。一粒を牛乳で流し込んだあと、しばらくの間、明けゆく空を眺めながらラズリの背中を撫でた。15分くらい経ってベッドに潜り込んだら痛み疲れで体全体がベッドに沈み込むような感覚を覚え、そのまま眠れた。
起きたら午前9時ちょうどだった。文字通り、冴えない一日の始まり。
朝刊土曜版をぼんやりと読んでいたら、スーツケースについて書かれたコラムがあって、キャスターが付いたスーツケースが売り出されたのが72年ということを知った。先月、初めてキャスター付きのソフト型スーツケースを買って、それは部屋の隅に立て掛けてある。
慈恵医大の精神科医によると、「カバン=自我ケース」で、「カバンはこころの入れもの」という。自分がこうありたいという願望、理想、周囲から求められる役割などで自我が肥大化すると、大きなカバンが必要になるらしい。
その説が正しいのかどうかはさておき、普段どういうカバンを持つのか、どうしてカバンを次々と買い替えるのか、旅行の際はどんなカバンがふさわしいか、と自問すると、自我ケースという喩えはわかりやすいと思う。私はアタッシュケースや硬質のスーツケースが苦手なのだが、可塑性がないカバンは考えてみれば一つも持っていない。自我が確定されていないとか、必要な物を取捨選択する能力に乏しい、ということに繋がっているような気もする。
今日は痛みを押してなんとか小説を読むまでになった。信州旅行前に読み始めた500ページのハードカバーをようやく開ける状態。しかし痛みで思うように集中出来ず、50分読んでは休み、また50分かけて読むの繰り返し。残り100ページまで来た。
少し気が晴れてきたのか調子に乗ってAmazonのHPを開き、次に読む小説を物色。Amazonが便利だと思うのは、「この商品を買った人はこんな商品も買ってます」と関連本を示してくれることだ。iTunes muchも同様だが、自分の趣味に合う可能性が高い。で、岩木けいの『さようなら、オレンジ』と千早茜の『眠りの庭』を買った。どちらも知らない作家だ。当たるも八卦当たらぬも八卦、2冊のうち1冊が面白ければそれでよし。
夕方、珍しくあるHPにコメントを寄せた。
田宮虎彦の短編「絵本」は治安維持法で拘留された青年の暗い話。高校1年の教科書に掲載されていて、いまの時代なら低脳らが「こんな左翼小説をどうして載せるのか」とのたまうに決まっている「暗黒小説」だ。ただの好奇心で「絵本」をググってみたら、ある人が自分は高校の教科書で読んだような覚えがあるのだが記憶違いかもと書いていて、もし教科書で読んだかたがいらっしゃったらご一報ください、とあったので、「それは事実です」とコメントしたのだった。1年前に読んだ小説は忘れているくせに、40年前の小説はありありと覚えている。これってアルツですかねぇ、と毎日のようにツッコミを入れている日々。
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