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2015年06月17日20:29

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漱石の「それから」を読んで学んだことなど

 朝、昨日の朝刊から連載小説「それから」第五十三回を切り取り、「それからノート」に貼る。主人公代助は何もする気が起こらず、午睡したあとまだ目が醒めない心持ちで本棚から画帖(がじょう)を出して絵を見始めるのだが、絵を味わう心境にほど遠い。やがてブランギンの絵となり、代助は一枚の絵に見入った、というくだりがあった。
 毎回注釈が付いていて、ブランギンについての説明がなされていた。英国の画家フランク・ブラングィン(1867〜1943)、ウィリアム・モリスの弟子で、壁画、装飾、デザインなどでも活躍した、とあった。漱石イコール代助ではないが、おそらく漱石は「ブランギン」に深い関心があったことと推察できる。
 ブランギンのその絵は港の図で、背景に船と檣(ほばしら)と帆を大きく描いていて、「余った所に際立って花やかな空の雲と、蒼黒い水の色をあらわした前に、裸体の労働者が四、五人いた」と書いている。
 朝食後、まだ気になっていたので、フランク・ブラングィン、Frank Brangwynで検索をかけたら、数多くの画がアップロードされていた。たぶん150回くらいクリックした。親切なサイトがあって、一枚一枚スライドで絵を鑑賞できるHPもあった(http://www.bbc.co.uk/arts/yourpaintings/artists/frank-brangwyn/paintings/slideshow)。
 30分くらいその絵を探してみたが、代助(漱石)が惹かれた絵はとうとう見つからなかった。しかし、漱石が見たであろう絵をいま自分が共有しようと努めている、ということにやすらぎを覚えることはできた。「それから」なんて青空文庫からダウンロードすれば無料で読めるし、ブックオフに行けば108円で手に入る。いずれにしても一気に読むことが簡単にできるのだが、こうして毎日少しずつ読み進んでいく、というのは存外、自分の精神に滋養をもたらせてくれるものだと、あらためて今日思ったのだった。
 代助のように高等遊民として生きよう、とまでは考えられなかったが、20歳の頃から世俗的な欲望を捨てられるとどれほどいいものだろう、と思うことがたびたびあった。その夢想が結果的に50歳代半ばで実現したわけだが、自己の原点に戻ったのか、意欲や能力がただ減じてしまっただけなのか、その判断は微妙なところだ。学校は行くものだ(=不登校なんてとんでもない)。卒業したら社会に出てきちんと働く(=働かざる者食うべからず)。出来損ないのくせに、かような常識が身に付いていたのがよかったのか悪かったのか。この点についていまだ自分の是非は総括できない。たぶん一生、答えは見つからないものだろう。弁証法じゃないけど、そのプロセスが生きているということだ。

 日が完全に暮れた頃からようやく雨が降ってきた。これで庭も、山に移植したアジサイ苗も、ひと息つけた。水と土の栄養を十分に摂った上で太陽の光を目いっぱい浴びて、清浄な酸素を作り出して欲しい。自分の願いはまだいくつもあるけれど、本質的な願いは植物と動物がこの先も安穏と生き続けられる、という一つだけかもしれない。社会的・成育的な裃を脱いだら案外、すべての人間の願いはこの程度じゃないか、と思う。
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