昨日の日記にコメントをもらったことがきっかけで、昼過ぎから少し本の整理を始めた。といっても方針を綿密に決めたというわけでもない。本棚は既に一冊が入る余地もないので、本棚の前に積んどく状態になりつつある。
天井から投影して、家具が置かれている床以外のスペースに物があることを避けたい、と長年願い続けていて、まだそれができていない。どころか、少し気が緩むと、本を中心に物が増殖し、精神のだらしなさが具象化される。そして、記憶力がよければまだしも、読みたい本がどこにあるのかちょっとやそっと探しても見つからない有様だ。
本を一部処分するか、本箱を買い足すか?
いったん本を全て本棚から出して、本格的に整理し直すかどうか?
いろいろと設問しているうちに、もしこの先生きる意欲を保つなり上向きにするには、本の整理を避けて通れないだろう、という結論に至る。本格的な整理を目指すのならが、引っ越しをするのと同じくらい、気力と体力が要りそうだ。
最近は使われなくなったが「自閉症」という精神障害がある。症状にしても治療法にしても一つというわけではなく、さまざまな症状があって、大括りでの定義は不可能に近い。私は特段コミュニケーション能力に問題があるわけではないし、引きこもりが重度だるとも思えないが、思考(志向)が自閉症患者と似ている。そっと生きたい、できれば世間と没交渉で静かに生きたい。今日なんかでもそうだが、芽が吹き出してきたアジサイの苗をぼんやりと眺めている時とか、落ち葉が3年も4年も溜まって堆肥状になった土くれと普通の庭土を撹拌しながら、あとどれくらい鶏糞と油かすを混ぜてやったらトウガラシがよく育つのだろうなどと自問自答している時間に自分らしさを覚える。たぶん野澤一に惹かれたのも必然だろう。世の中には少なく見積もって千人に一人の割で私のような脳機能障害ではない自閉症気質者がいる。そんな人はどんな風に生きて死ぬのだろう? これをフィクション(文学)で表現するより、綿密な人物ルポであぶり出したいのだが、なかなか取材対象がみつからない。ちょっと親しくなった人で教養のあるかたには茶化すように「お知り合いに"現代の仙人”みたいな人、いませんか?」と訊き、もしいたら紹介してもらえないか、とお願いする。私の言わんとする意図は理解してくれるし、突飛な質問に驚きもしない。
土をいじっていると、心が本当に落ち着く。大学時代に読んだ心理学書で、土をいじらせるとか箱庭を作らせるというような作業療法があったが、これは植物の世話、あるいは犬猫の世話をしていると毎回実感できる。やっぱ精神が病んでいるんだろうか、と心配になる(笑)。
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