1986年に発足した「路上観察学会」の創設40周年を契機に企画された展覧会なら、これは面白そう!と行ってみることにした。
1986年といえば結婚して3年目だったのか、我ら夫婦も休日の合間に「超芸術トマソン」と名付けられた「物件」探しによく散歩に出かけたなぁ。無意味な街歩きこそ楽しい。のちに外猫写真を撮るようになってから、ある雑誌関係の人に「あなたの写真はかわいい猫写真じゃなくて、赤瀬川原平の方なのよね」と言われたことがあったっけ。
ちなみに、千葉市美に赤瀬川原平氏の展覧会を見に行った時の日記を貼っておこう。開催直前に鬼籍に入られたのか、もう12年も経つなんてびっくり。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1936540042&owner_id=2083345&from=list_diary_search
さて、展覧会である。
これが予想に反した、かなり尖った展覧会で恐れ入った。
「路上」というものを「自由で開かれているように見えながら、ルールや慣習、他者の視線によって、つねに振る舞いが調整される場所であること」と捉え、さまざまなアーティストによる路上に関する記録やパフォーマンスを通して掘り下げようという展覧会だった。
誰のものでもなく、誰のものでもある路上は、自由に何かを表現できる場所である。赤瀬川原平らが立ち上げた「路上観察学会」はその場所の楽しさを改めて意識させてくれるものであった。
美術館建物に掲げられたpanpanyaの漫画では、次々と変わっていく景観にリアルタイムにいながら少し前まで何があったか思い出せないというそんな事象を描いていて、改めて40年前に拾い上げてきた、消えていった物に思いを寄せることができる。
開発によって均一化されていく、面白くもない都市空間への批判が自ずと感じ取れる。
大道芸もまた路上での芸能である。決められたルールはなくとも、表現者と鑑賞者の間に自然と秩序が生まれ、芸術が発せられる。ギリヤーク尼ヶ崎氏が現役で踊り続けていることを知り、驚いた。被災地の瓦礫をバックに踊る姿は祈り。
一方、自由さを明確に表すことができる「広場」を自由さが曖昧な「路上」と言い換えることによって排除してきた歴史もある。
新宿駅西口広場における反戦集会や路上生活者ダンボールハウスの撤去などがそれである。一方で、路上生活者の自立支援として行われている「ビッグイシュー」の販売もまた路上で行われている。
Chim↑Pomは、台湾の美術館の中に「道」を作ることによって、何ができるのか、何ができないのかを示した。
公園にあった球体の回転遊具は危険物とされ、現在はほぼ撤去されているが、これもまた、小さな公園内で起こる秩序と自由のせめぎ合いである。
そもそも「道路は、国家が統治を容易にするインフラとして整備された」もの、 自由と管理の二重性を常にはらんでいて、それは当然のことながら都市の形に反映されていく。
《銭湯山車》は最後に相応しい展示だろう。街から消えゆく銭湯の「部材」を集め組み立てた山車は、今街を「巡行」しているという。「人が集まる場所」であった銭湯を山車にして「路上」に繰り出す…なかなか示唆的ではないか。
会場は写真撮影可。
セクション解説に使われている板は、かつてここで行わられたさまざまな展覧会の看板だった。再利用なのね(笑)いつもとちょっと違う展示にクスッと笑えました。
https://shoto-museum.jp/exhibitions/213rojo/
かつて日本には、公界(くがい)と呼ばれる一定の制度や権力の及ばない自由な空間が存在していました。寺社の門前や宿場町に見られた領域は、移動する人々や芸能を受け入れ、文化や交流を育む装置でもありました。
現代における「路上」は、そうした歴史的空間と完全に重なる訳ではありませんが、所有や統治の枠組みが曖昧で、ときに制度へのレジスタンスによって、路上に自由を見出そうとしてきました。一方で路上は、単に自由や解放の象徴だけではありません。排除の論理によって居心地の悪さや不安定さも抱えています。本展では、路上をキーワードに紹介可能な作品や歴史的なできごと、さらには言説をふくめ、現代においてますます複雑になる公共性がもつ課題を考えます。
本展の開催は、1986年に発足した「路上観察学会」の創設40周年も契機としています。赤瀬川原平や藤森照信らによって結成された路上観察学会は、意図をもって生み出された芸術作品ではなく、都市と自然とが意図せず生み出した状況を、可笑しみをもって取り上げる「目」を、メディアを通して共有した活動です。そこには路上がもつ豊かさを伝えるとともに、開発によって均質化した都市への批判も込められていました。
「彼女が邪魔だった」― これは、2020年に渋谷で起きた路上生活者殺害事件で、加害者が発した言葉です。路上は、所有が曖昧であるがゆえに公序が強調され、時に他者の主観的ルールが衝突する息苦しさを孕んだ空間でもあります。2020年の事件は、公共性の意味を取り違えたときに起こりうる取り返しのつかない暴力を私たちに突きつけました。
それでも、この「自由」と「邪魔」が共存する路上においてこそ、批評的な文化実践が数多く立ち上がってきたのです。本展は、現代美術から歴史的資料、公園の遊具や銭湯、大道芸までをも紹介しながら、路上は誰のものか?をキーワードに、過去の実践から現代の都市に対する批評的なアプローチまでをたどりながら路上の公共性を探ります。批評とユーモアの喧騒に溢れた、路上芸術に出会いにきてください。
panpanya《いつもの所で待ち合わせ》
街角で待ち合わせたふたり、コマが進むたびに背景の建物が姿を変えている。
このような花輪もめっきり見なくなった。開店祝いだけでなく、お葬式の方がインパクトがあったなぁ。こういうのを作る会社はまだあるんだろうか。
図録は、タブロイド判の新聞紙
大正時代の交通標識・高松市
大正11年初めて道路標識に関する法制定がなされたそうで、その頃のもののようだが、つい1年ほど前までは路上に放置されたままになっていたらしい。『百米先 屈曲多シ」と書かれている。
Chim↑Pom from Smappa!Group《道/プロジェクトの残骸、ガードレール》
吹き抜けのブリッジに何か置かれている!2017年の「アジアン・アート・ビエンナーレ」で発表したプロジェクト作品《道(Street)》のアーカイヴの一部であることが後で判明。
まずは、2階から。エレベーターホールに大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎の活動記録が映像と写真で紹介されていた。見たことはないが、有名です。そしてなんだか泣けてくる。
10月10日に96歳記念公演があるという。現役!!
展示室にはいると、路上観察学会の展示。
1986年6月、赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊、林丈二、松田哲夫、杉浦日向子らによって発足された。その中でも中心的な活動は「超芸術トマソン」。プロ野球の助っ人外人の名前が元だが、「助っ人外人」なんて今でも言うのだろうか(笑
路上の片隅に忘れられ、誰にも見向きもされないものをあえて写真に撮り、名前を付けて仲間内で語り合うという、独自の「観察」で、途中が極端に危険な滑り台や、どこにもつながらない階段、外に出られないドア、など、変なものがいっぱい。昭和あるあるの懐かしい光景だなぁ、と思いながらも、今でも「場末」にいくとこんな光景が残骸として残っているよね。いつまであるだろう?
狭い所で飼われている雄鶏は近所でもいた。多分お祭りで買ったカラーひよこの生き残りなんだろうな。怪しいものを平気で売っていた時代。
トマソン報告用紙
有名な「四谷階段」
もう一つ有名な「トマソン煙突」
六本木ヒルズが建つ一帯の再開発で唯一残っていた風呂屋の煙突に写真家の飯村昭彦が登り、その先端の拓本を持ち帰った。
こういう写真も楽しい。今はデジカメだからバシャバシャ撮れるが、現像も含めて写真が今より特別な時代にこんな物を撮り溜めているのは、やっぱり変わっている。
林丈二氏のコレクションは面白い。
ヨーロッパ旅行中靴底に挟まった小石を集めたものや、放屁の記録で、それぞれの土地で得た小石の色や屁の音の表記の違いを検証している。
一木勉の「カケラコレクション」は近代建築の解体現場に赴いては、その欠片を採集してくるもので、当時は建築史の世界において軽んじられていたもの。コレクションするに無駄なものはない、という見本?
鈴木康宏《遊具の透視法》
かつて渋谷区内の公園にありふれていた球体の回転遊具、グローブジャングルを用いた作品。回転する遊具そのものがスクリーンとなり、誰かが遊具を回すことでこそ、そこに像が立ち上がる。奥の小部屋を生かして、記憶の中の映像を甦らせような演出で幻想的な風景を作る。この遊具は危険だとされて今はもう全て撤去されいるという。
地階展示室に降りると、Chim↑ pom《道》
2017年の「アジアン・アート・ビエンナーレ」で発表したとのことで、国立台湾美術館の敷地外から館内までアスファルトの「道」を通し、デモやブロック・パーティを重ねながら公共の空間として「育て」ていくインスタレーションだったようだ。
Chim↑ pomのパフォーマンスは結構過激だけれど、鋭いところを突いている。
何ができるかできないかの、許可証かな。
地階展示室では、現在の大改装中の新宿駅西口と大開発が推し進められている渋谷の街に焦点を当てる。
新宿駅西口広場は、私が最もよく利用(通過)する場所なので、図らずもその歴史を見てきた気がする。
新宿駅西口「広場」は1966年に竣工されたが、竣工後間もなく「広場」としての資格を剥奪される。ベ平連による反戦集会とフォークゲリラはテレビで記憶がある。行政はここを「公道」であると位置付け、かれらを排除した。
山田脩二
ここを無秩序な広場として占拠した行動は、その目的に賛同しつつも、決して褒められるものではなかったが、この事は「公道」という名のもと、秩序ルールを押し付けられて、息苦しい世の中に変わっていくきっかけになったように思う。
児玉房子
その後、1996年以降、バブル崩壊後の不況の中で失業者が集まり、西口の地下に段ボールハウス村が生まれた。支援するアーティストもいたが、行政によって道路脇には無粋なオブジェが設置され、ハウスの撤去を余儀なくされた。
迫川尚子
そうそう、外猫写真を撮っていて知ったのだが、野良猫を飼う路上生活者は多い。家族がいない寂しさを埋めていると当時に、自分も世話をする人、誰かを守る人でありたいという気持ちなんだなと胸が熱くなる。
展示には、ビッグイシューの販売屋台と路上からの脱出方法をまとめた「路上脱出 生活SOSガイド」も自由に手に取れるかたちで展示されている。冊子は、全ての漢字に仮名が振ってあり、単色刷りの簡素なもの、経費削減というより、手に取りやすさを考えたものではないかしら。
「路上は誰の所有物でもないからこそ、それぞれの「常識」がぶつかり合う場所にもなる。その「常識」が誰かを排除する論理にすり替わったとき、公共性の意味を取り違えた暴力が生まれうる」考えさせられる言葉だ。
ダニエル・エヴェレット
監視カメラや道路標識にあふれた日本の風景を通して、日常に溶け込んだ制度や管理の姿を映し出す。ドキッとする展示だ。
GROUP《眠らない都市》
光を放つ壁に囲まれた街路と、その壁の内部に設けられた暗い居室という二層構造の都市を構想、街全体をLEDで囲んでつねに明るく眠らない街へと発展させるという都市計画の提案らしい
最後を飾るのが、銭湯山車巡行部《銭湯山車》
地域の交流拠点として親しまれてきた銭湯が次々と姿を消していくなか、銭湯山車巡行部はその場を残したいという思いで、銭湯に使われてきた廃部材で山車を作り、活動を続けてきたとのこと。かつての共同体のかたちを見つめ直し、失われつつあるものを路上に持ち出してみせる作品で、この展覧会に合わせて11月23日に巡行があるそうだ。
11月23日まで
アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121484033&owner_id=2083345
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