mixiユーザー(id:6486105)

2026年08月06日14:47

127 view

逃亡中の生活について(長文)

 8月6日木曜日、快晴。
 久しぶりに日記を書こうと思う。ただの気まぐれだけど、1年ぶりくらいに「足あと」を見てみたらぼくを訪ねてくれるかたがいる。また、2日に1度はマイミクさんの日記を読みに来ていることもあって、スプーン一杯分の疚しい気持ちもあることはあった。
 2日日曜日から山中湖のリゾマンに籠もってて、昨夕(5日)鎌倉に戻ってきた。
 虚弱体質で老化の兆候著しいジジイの「人はなんで生きるか」(@トルストイ)という一端でも書いてみようかな。
 鎌倉と山中湖は、高速道路を使うとまるで西関東を半周するような軌跡で繫がってはいるのだが、東京駅から新宿駅に行くとき東京駅でりんかい線に乗って新木場へ行って、地下鉄有楽町線に乗って有楽町で降り、そこから歩いて日比谷方向に進み、地下鉄丸ノ内線で池袋まで行って、JR山手線に乗り換えて新宿へ行く、くらいの無駄がある。なので、基本は下道(一般道)を使う。100キロ弱の中距離だが、大渋滞エリア(鎌倉ー平塚間)あり、大型トラックが多い国道246あり、そして2つの山を越える山岳道路ありで、運転好きな人はそれなりに、私のような体力がないものは結構しんどいルートだ。
 午前11時に家を出たら、日曜日の真っ昼間だ、鎌倉から江の島、江の島から茅ヶ崎は観光客のクルマが多くてちょっとつらかった。
 それでも午後1時半に、大井松田インター近くのスーパーとブックオフのある大きな駐車場に着いた。で、よせばいいのにふらふらと夢遊病者のごとくブックオフに入ってしまう。大きなリュックには山中湖で読もうと計画していた文庫2冊と、AmazonKindleの電子書籍10冊がインストールされたタブレット端末が入っているので、品揃えがしょぼいブックオフにわざわざ寄ることもなかろうて。
 が、20分後、上原善広の『断薬記』(新潮新書)をレジで精算していた。サブタイトルに「私がうつ病の薬をやめた理由」とあって、あの元気者の上原がうつ病だと? と驚き、それは部落差別と関連があるからなのだろうか、と余計な心配をしたからだった。彼は”被差別部落”の食卓や自身の生育環境のルポを書いていて、私は数冊、読んでいた。
(この新書、その夜一気読みをしてしまった)
 スーパーで、冷凍チャーハン(韓国風ビビンバ)や大阪王将の餃子、助六寿司、牛乳など、当面身体を維持する「エサ」を買った。で、まだお昼ごはんも食べていないものだから、助六寿司の半分(いなり寿司1個、太巻き1個、かんぴょう巻2個)をクルマの中で食べ、持参したマイボトルのホット珈琲で喉を潤した。
 で、割と大胆にクルマを飛ばして山中湖へ。着いたのは午後4時ちょい前あたりか。
 時間がはっきりしないのは、駐車場に着くなり、私のクルマを見ていた唯一のマンション友だちが大きな声で私の名を呼び、これから風さん宅へ行くね、と。私が大きなリュックとトートバッグを抱えてふらふらしながら自分ちの玄関に行くと、その1分後に彼もやって来た。で、ぴったり1時間、会話を交わしたあと、彼は去った。
 彼は逗子の開業医で、私と入れ違いに逗子へ戻る。当たり前だ、月曜日から開院するわけだから。
 運転疲れと会話疲れが合わさってへたり込みたいほどの身体的うつだが、いつも通りのルーティンから始める。掃除機を掛け、床を水雑巾で拭き掃除。といっても50平米の2DKだからものの15分で事足りる。
 持参した浅煎りの珈琲は電子レンジで温め、牛乳をちょっと入れて一気に飲んだ。
 窓全開のマンションはちょっと寒くて長袖シャツを羽織った。
 さて、これから何をしようか。
 私の頭は空っぽに近いが、今週いっぱいのスケジュール欄も空っぽだった。
 大して読む気もないのに、買ったばかりの「断薬記」を手に、ニトリの無重力デッキチェアに座った。無重力はぼくが勝手に名づけただけだが、以前、ニトリの店内で試し座りをしてみたら座り心地がとてもよく、ちょうど室内の改装をしているときだったので、これを買った。といっても、ジモティという不用品売買アプリで検索したら神奈川県内で3脚も売っていて、いちばん住まいが近いかたから千円で譲り受けたものだった。ほぼ完全な新品。
 この椅子に座ってミニコンポで音楽を聞く。
 この椅子にだらしなく体を預けて電子書籍を読む。
 夜10時には決まってこの椅子に腰掛けて、カステラとかポテトチップスとともに紅茶を飲んでいる。
 夜7時になったので『断薬記』を読むのを中断し、奥の間にあるテレビをつけ、ニュースNHK7を流す。テレビの前に行くこともあれば、今日みたいにキッチンで餃子を焼いていることもある。
 今夜は餃子6個とビビンバ。夕食はこれだけである。質素だが、ぼくの必要条件を満たしている。食後、ビタミン剤とミネラル剤を一粒ずつ。そして珈琲。
 ここで初めてiPhoneをリュックから取り出す。
 友人の画家から絵が届いていた。
 全集に使う絵3枚。表紙、カバー、帯。
 が、ぜんぜん話にならないほどに稚拙な絵だった。
 彼は傷つきやすい。繊細であって、生き下手。
 とりあえず自分の感想を述べることなく礼だけのメッセージを書いて送った。
 が、私自身、傷ついていた。こんなにも私の注文を無視し、それがいい方向であれば大歓迎なのだが、自己流から一歩も抜け出せていないヘタくそな抽象画を送ってきた彼の実力ぶりにめげたのだった。
 とにかく今夜はこの絵を見なかったかのように振る舞おう。
 真水のシャワーを浴びた。マンションには個別のガス給湯器があるのだが、月3千円の基本料金が惜しくて契約を切っている。だから水しかないのだ。
 ついでに貧乏自慢をすると、ネットはiPhoneのテザリングで繫がるものの、楽天モバイルは月3ギガ未満だと千円/月なので、使わないようにしている。ひかり回線のある自宅と違って、ここではないない尽くしで、それが逆に心地いいのだった。
 私は両親から質素を旨とする家庭教育で育った。中流のサラリーマン家庭なので、貧乏ではないのだが、なぜか親の理想を押しつけられ、例えば小学校の時から「大学は国立以外行かせない」とか、「食事では絶対に不味いと言う勿れ」とか、口うるさく毎日説教ばっかされていた。しつけが厳しくて得をした、ということは、せいぜいが一夜を共にした女子から「風君って意外とマナーがしっかりしてるんだね」と言ってもらえた他は何もない。
 とにかく、今夜は上原の新書を読むことと、持参した外付けHDDに何十本と入れているラジオドラマを一本聴くことだ。
 灯りという灯りすべてを消して闇を演出しラジオドラマに耳を傾ける。これは発達障がいの私にとって気分を鎮め集中力を高める特効薬であり、また何よりのリラクゼーションだった。
 こんな生産的でないリゾマン・ライフは、いまの私の貧しさと豊かさ双方を象徴している。起伏に乏しい。いたずらに時間を無駄に使ってる。現代人の豊かな生活は基本、なんでもかんでもが消費であるが、ここでの私は消費活動を抑制し、タイパやコスパはあまり考えず、部屋から見える富士山と山中湖の夕暮れを30分くらいぼぉっと見ていることがしばしばだ。痴呆生活に近い。
 翌日、助六寿司の残りとオーブントースターで焼いたピザ一切れの朝食を摂ったあと、図書館に行った。うちからは湖の対岸にある。クルマで15分。
 そこで、画家君の絵を使ってカバーをラフデザインし、全集に使う絵かどうか自分で判断しなさい、この絵に載せるタイトルと著者名を置こうにも真黄以外の色では見えない、ということがわかるだろう、というようなアドバイスを書き、これでも画家君は傷つくだろうなと思うと、憂鬱になる。
 私は小言を述べたり説教したりするのが苦手で、会社を辞めて以降、そこから逃げてきた。社会からも逃げ、あらゆるしがらみからも逃げようとする。で、山中湖のマンションに引きこもって、ぼぉっと一日を過ごし、何もやる気がないときは掃除か洗濯にいそしんでいる。もちろん手洗いだ、うたまろ石鹸と液体洗剤で。カーテンなどのかさばるものだと、湯船に薄く水を張りアフリカの貧しき女性たちを真似て足洗いをしている。これが意外と「♫不思議だね 気分爽快だよ」(@森高千里)となる。
 こんなふうに貧しきリゾート生活は続くのであった。
 もしよかったら、私に勇気を寄付してください。スーパーの店頭に今の時期、大きな桃やシャインマスカットが並んでいるのだけど、一つ500円の桃、一房2千円超のマスカットを買うお金はあるけど勇気がなくて。
 
14 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年08月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031