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2026年06月28日11:19

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6/24 杉本博司 絶滅写真@東京都国立近代美術館

杉本博司の大個展は、過去2回見たことがある。

1度目は、2016年「杉本博司 ロスト・ヒューマン@東京都写真美術館」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1956732520&owner_id=2083345&from=list_diary_search
人類の死滅を想定し、遺物となった歴史や文明について、33の視点から考察、写真を中心としたインスタレーションで、衝撃的だった。都写美のリニューアルオープン記念展にふさわしかった。

2度目は、2023年「杉本博司 本歌取り東下り@松濤美術館」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1986218135&owner_id=2083345&from=list_diary_search
一時ニューヨークで開業していた古美術商の経験を活かし、古典作品を「本歌取り」、杉本独自の視点で書、工芸、建築、芸能などを再構築した作品群を展示した、ユニークな展覧会。写真家という枠を超えて、まさに現代美術家。これも面白かった。

今回は、写真家・杉本博司の直球勝負。シンプルな額(といっても、凝っている)に収めた写真がデビュー作から最新作まで、3つのセクション、シリーズごとに並ぶ。
一つ一つの作品に、杉本氏自身の言葉と「狂歌」が添えられてある。「狂歌」なのでオチャラケていて面白い。おちゃらけているが、言い得て妙なのだ(そこが狂歌たる所以か)。外国人観覧者も多かったのに、英訳はセクション解説のみ、仕方がないとはいえ少し残念。

展覧会タイトルは「絶滅写真」。絶滅する写真とは、銀塩写真を指す。現在写真に携わる人ほとんどが、フィルムカメラが廃れ、銀塩からデジタルへ変わっていくこの事象について一家言あるはずだ。

杉本氏は若き頃より「写真を一流のアートと認めさせたい」という野望?を抱き、写真を用いた現代美術家を目指したという。
写真は、本当に真を写すのか、実と虚の違いはどこにあるのか、存在とはいかなるものか、時間を写すことができるのか、さらには時間を留めておくことができるものなのか…等々。杉本氏は銀塩写真でそれを「実験」して実証・反証していく。

この展覧会は、杉本氏の生涯が銀塩写真の寿命(全盛期から消滅までの)と重なっており、自身が写真家として、デジタル化によって絶滅する写真の意義を問いただす展覧会なのか。
と同時に、絶滅するのは銀塩写真ではなく、この世界、人類のことを言っているのではないかと、2016年の「ロスト・ヒューマン」展を思い出した。つまり、本展は、今回は一切のインスタレーションを排して、「絶滅する、しかし、デジタルデータが消滅しても残るだろう紙の銀塩写真」を通して、10年前の展覧会「ロスト・ヒューマン」を再構築した展覧会なのではないかと、私は感じたのだ。
いろいろ読み取ろうとすると難解な展覧会だったが、見るのは楽しい、不思議な展覧会だった。

静寂の会場は全て写真撮影可。しかも、《海景》シリーズにおいては動画撮影も可。
アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121449456&owner_id=2083345

コレクション展3階10室では、サテライト展示として、所蔵品の《劇場》《海景》シリーズを展示。が、その中で出色だったのが「スギモトノート」のレプリカ。手にとってページをめくってみられるのだが、作品についてのアイディアや撮影・暗室作業に関する情報などが書き込まれていて、わからないなりにも(わかったら、もっと)面白い。

実はこの日予定があり、コレクション展は4階と3階10室までしかみられなかったのだが、7月22日より入れ替えがあるようなので、後期にコレクション展だけまた見にこようと思う。

写真をやっているくせに、どうやって撮ったものなのか、技術的なことは全然わからな くて恥ずかしいが、杉本博司の写真は、超絶職人技でアートに仕上げていてすごいなと毎回ため息が出る。
以下、紹介文の中の青字は、キャプションや杉本自身の言葉から引用したもの。


https://www.momat.go.jp/exhibitions/569
https://art.nikkei.com/sugimoto/
フォト

様々な領域で活動する現代美術作家、杉本博司(1948-)。小田原文化財団 江之浦測候所をはじめ建築分野でも活躍し、日本の古典芸能など舞台芸術の演出では国内のみならずヨーロッパ数都市やニューヨークにも進出。その活動分野は書、陶芸、和歌、料理と多岐にわたっています。
そんな多才な杉本の芸術の原点は銀塩写真にあります。確たるコンセプトに基づく、独自の表現による作品はまた、銀塩写真の技術としても頂点を極めるものであり、写真がデジタルに置き換わった今、その技法は今やまさに「絶滅が危惧される」ものと言えます。
本展では杉本の初期(1970 年代後半)から現在に至る銀塩写真約60点を展観します。
写真作品で構成する美術館での個展は、国内では2005年の森美術館以来の開催となります。
さらに、所蔵品ギャラリー3階にて当館所蔵杉本作品全点、また制作の秘密を明かす未公開資料「スギモトノート」をサテライト展示します。
「スギモトノート」:写真作品制作における、撮影時および暗室での作業工程の覚書を記したノート。1970 年代半ばより記録は始まる。



1章 時間・光・記憶

【ジオラマ】
アメリカ自然史博物館のジオラマ展示を大判カメラで精緻に撮影。まるで本物のようだ。
「動くものの姿を止めてみせる写真というメディアは、ここでは動かない剥製の姿を、あたかも命ある動物の一瞬のように見せる装置として機能した」「どんな虚像でも、一度写真に撮ってしまえば、実像になるのだ」

《ガラパコス》
「けだものにみちきわめきていまのひと ひととは言えどもいまもけだもの」
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《ハイエナ対原人》
「中国東部の古代ハイエナ巣窟跡と考えられる場所からは、最大40体もの原人の化石が発見されている…人は喰われていたのだ。」
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《ムブティ・ピグミー》
「昔、人は自然と共生し、自然が回復できないほど狩ったり採ったりすることはなかった。」
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【劇場】
映画の黄金時代に建てられ、今は廃墟と化したアメリカ各地の劇場に、映画を投影し、上映1本分の光量で長時間露光した作品。かつて華やかだった劇場の細部の飾りが埃をかぶって壊れかけている、映画のスクリーンは、そこに確かに1本分の映画が映し出されたのだが、長時間露光で白く飛んでいるだけだ。このシリーズも「ロスト・ヒューマン」展でみて衝撃を受けたのだった。「虚像を見続けると嘘が真になる」
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【華厳滝】
「滝は、この国の宗教観の原初だ」この作品は「本歌取り東下り」展で、杉本氏が自ら軸物に表装した作品を見た。この作品がきっかけで《海景》シリーズが始まったという。
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【海景】
画面中央に水平線を置き、上半分は空、下半分は海面、それ以外の要素は一切なし、このルールで杉本氏は世界各地の海を撮り続けている。
緩く湾曲した壁面にそれらが並び、動画撮影OKと言われ、ゆっくり左から右へと視線を移すと不思議に気持ちが落ち着く。
「それは私の血が静かに騒ぐからだ。私の遠い遠いご先祖さまのまたまた遠い生命の起源が海だったことを、私の血が思い出すからだ」
今見ている写真は、原始と同じ海なのか。人類絶滅後の海もこうなのかもしれない。
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2章 観念の形

【建築】
「私は大型カメラを使い、焦点をボカすことによって、建築が建つ前の、建築家の脳内ビジョンが再現できるのではと考えた」
そして、キャプションの文章では、棲家が建築になり、都市という蟻塚ならぬ人塚を作る現代人を皮肉る。
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フランク・ロイド・ライト設計の《S.C.ジョンソンビル》
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《ワールド・トレード・センター》
「ハドソンに沈む夕陽を背にうけて たたずむ墓標絶滅の予兆」
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ル・コルビュジェ設計の《サヴォア邸》
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【スタイアライズド・スカルプチャー / 観念の形】
通年発情化を得た人間は、発情をコントロールするために衣服を纏う。ファッションはこうして始まる。
「理想のモデルは数学的形態に見出すことができる」
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《観念の形0006 クエン曲面:負の定曲率曲面》
発情しない冷徹な数理モデル。博物館で初めて数理モデルを見た時、大嫌いな数学がこんな美しい形になるのだと、びっくり、感激した記憶がある。
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《スタイアライズド・スカルプチャー120 クリスチャン・ディオール、Bar 1947》
「人体とそれを包む人工皮膚を近代彫刻として見る」という視点から捉える。
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この衣装、2023年「クリスチャン・ディオール 夢のクチュリエ展」で写真家・高木由利子氏が撮った写真で見た!同じ衣装なのになんという違い。↓
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3章 絶滅写真

【化石(前写真、時間記録装置)】
《P.P.T.R.D 037 棘のある三葉虫》
「化石と写真は同じ機能を持っている。どちらも時間を保存することができる。…私の写真は紙に焼く、儚いものだ。化石には到底太刀打ちできない。」
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【フォトジェニック・ドローイング】
写真技術のネガポジ法を発明したタルボットのネガを入手した杉本氏は、ポジを制作。「銀塩写真の終焉を看取るべく…写真術の始祖タルボットの陰画を焼く…」
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【肖像】
《ジオラマ》シリーズに連なる《肖像》シリーズ。ロンドンのマダム・タッソー蝋人形館で撮影された蝋人形である。蝋人形を作るという行為は、生身の人間を石膏型で写しとる行為、それは写真と同じことで、時を止めることへの欲望に他ならない。

《ナポレオン・ボナパルト》
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《ダイアナ、プリンセス・オブ・ウェールズ》
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【放電場】
このシリーズも既知だが、初めて見た時はその「作りかた」に驚いた。暗室内でフィルムに人工的に放電を発生させ、焼き付けるらしい。
人は落雷によって生じた火を手に入れたことで、目覚ましい進歩を遂げた。「人間の夜は明るくなり、電気が霊気を放逐してしまった。霊的な人間やはり絶滅しつつある。」
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【オプティックス】
ニュートンの、プリズムによる光の分光実験を再現したという。光学ガラスを磨きプリズムを立て色面の中にカメラを持って入り、撮影したという。色がある世界は、美しい。
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【陰翳礼讃】
暗闇の中、シャッターを開けたまま1本の蝋燭が燃え尽きるまで撮影したシリーズ。もちろん、シリーズタイトルは谷崎潤一郎の随筆から。
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【CAMERA MAN】

「カメラは人間の眼の構造を写した装置である。」シャッター機能を組み込んだメガネ。
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ウフィツィ美術館に飾られた肖像写真は、確かこのようなメガネをかけていたと思う。
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サテライト展示の《スギモト・ノート》
ずっと見ていたかった
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9月13日まで

アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121449456&owner_id=2083345
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