左翼が危うくなるのは必然
共産主義国家では、憲法の上に共産党が位置している。これは、どういう意味かと言うと、共産党を裁く法律が無い、ということ。つまり、この時点で、共産党は、絶対的存在になっている。その共産党の指導者となると、まさに天上人。下の者は従うしかない。権力を持っている上層部と、持っていない者達の差は、まさに、天と地ほど違ってしまう。一方の権力の頂点にいる指導者達は、法律でさえ裁くことができない。この構図を、意識していない日本人は、多いのではないかと思う。天上人のご機嫌をそこねると、とんでもないことになってしまう訳だ。それが、粛清。粛清に合理的な理由など必要ない。指導者が、やれと言えば、やらざるおえない。このような考え方が、共産主義にはある。それは、実は、左翼も同じで、左翼リベラルの考え方にも、反映されている。自分達が、正しいと、信じ込んでいる。また、時には、法律に違反するような事でも、正しいのだと、思う場合すらある。彼らの正しさは、法律の上にあるからだ。この辺りが、共産主義の特徴になる。共産主義思想が、憲法、そして法律の上にくる。つまり、法律は、従えるものであって、従うものではない、という考え方を持っている。自分達の考え方、思想が、この世の理を超えて天啓のようになっているため、それが、相手に対する侮辱だろうが、差別だろうが、問題だとは思わない。敵認定すれば、何をしても良い、ぐらいに思っていたりする。容赦ないのだ。共産主義は、宗教を否定する。もちろん、共産主義は、宗教の上に存在する。何を意味するのか、というと、神や仏の上に共産主義が存在する、という意味だ。彼らにとって、神や仏がしもべなのだ。共産主義とは、そんな思想だ。左翼が傲慢になるのは、当たり前といえば当たり前。そもそも、そういうものなのだ。だから、平等などというものはあり得ない。宗教、法律、憲法の上に立つ者が、平等な訳がない。絶対神よりも、さらに上だ。彼らは、大所高所に位置して、愚かな民衆を導いている。民衆はひれ伏すしかない。
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