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2026年03月14日16:40

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3/12 クロード・モネー風景への問いかけ@アーティゾン美術館

2020年7月11日開幕の予定が、コロナ感染拡大により延期、2021年5月29日に再度開幕を宣伝したが、コロナ禍衰えず再び延期、そして今年2月7日三度目の正直となった!
↓3種類のチラシ、日付が違う
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ベタと言われようが、モネが好きである。子供の頃最初に出会ったアートが印象派だった。近くで見ると何を描いているかわからない粗い筆跡の重なりが、少し離れて見ると、あら、不思議、風景が浮かびあってくる、印象派マジックだ。

今回はオルセー美術館から初来日の作品が何点もある。
副題に「風景への問いかけ」とあるように、初期作品から晩年の睡蓮まで各時代にモネがどんな風景を描いていたかを俯瞰できる展覧会となっていた。
写真撮影は基本可だが、オルセー美術館と国立西洋美術館、北澤美術館以外の所蔵品は不可だった。
また、作品との間にロープが張られていないため、単眼鏡を使わずに間近で見ることもでき、感激ものだった。



予約制にも関わらず大変混んでいるという噂に慄いたが、私が行った平日12時の回は入口や有名な作品の前でやや滞留するものの、譲り合って最前列正面から写真を撮ることもできるし、人の頭越しに見るというストレスは一切なかった。東博の企画展やゴッホ展などに比べたら悠々。ただし、特設ミュージアムショップは激混みで、私はパス。

アーティゾンは学生無料という素晴らしい料金体系で、大学生と思しき女性同士の観覧者が多かったが、なぜか彼らのおしゃべりは気にならず、むしろ微笑ましくもある。年配女性のおしゃべりが作品の関係ないところにあるのに対して、若者のおしゃべりは作品に対する素朴な疑問だったり感動だったりするからかもしれない。

アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121418054&owner_id=2083345
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https://www.artizon.museum/exhibition_sp/monet2026/  
印象派の巨匠クロード・モネ(1840–1926)は、自然光の移ろいに魅せられ、その美しさをカンヴァスにとどめようと生涯をかけて探求しました。
オルセー美術館がモネの没後100年という国際的な記念の年の幕開けを飾る展覧会と位置づける本展では、ル・アーヴル、アルジャントゥイユ、ヴェトゥイユ、ジヴェルニーなど、モネの創作を語る上で重要な場所と時代から、その画業の発展を丹念にたどります。
また、同時代の絵画や写真、浮世絵、アール・ヌーヴォーの工芸作品などの表現との関わりから、モネの創作の背景や動機を読み解き、現代の映像作家アンジュ・レッチアによるモネへのオマージュとして制作された没入型の映像作品も展示します。様々なジャンルの視覚表現を交錯させることで、モネの創作活動に新たな光を当てる、全く新しいモネの展覧会です。
モネの作品41点を含む、オルセー美術館所蔵の約90点に、国内の美術館や個人所蔵作品を加えた合計約140点で、風景画家としてのモネの魅力に迫ります。


1 モティーフに最も近い場所で─ノルマンディーとフォンテーヌブローで制作した1860年代のモネ
初期のモネは、風景画でなくカリカチュア(人物戯画)を描いていたが、1857年にブータンと出会ってから戸外で風景を描くようになる。コローやバジール、ドービニー、トロワイヨンの作品も紹介、自然主義的な風景画にモネの出発点を見る。

《ルエルの眺め》1858年 *画像はネットから
1858年 現在確認できるモネの最初の油彩画。バルビゾン派の絵画のようだ。
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《ノルマンディーの農場》1863年頃
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2 写真室1:モティーフと効果
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3《かささぎ》とその周辺ー雪の色
面白いことに、印象派の画家たちは雪が降っている光景にはほとんど関心を示さず、積もった光景を描く。雪を風景の構成要素の一つとして、輝く面、色彩を帯びた白色を描くことに尽力したのだ。
風景画に伝統がある日本絵画のなかで、雪が自然風景として描かれてきたのにも、影響されたのかもしれない。きめだしで雪の量感を表す浮世絵版画や胡粉や墨のグラデーション、あるいは塗り残しで雪の表情を描き出す日本絵画に対して、西洋画も身近な風景として白銀の世界を恒常的でも絶対的でもない、瞬間を捉えようとしたのが印象派だったと思う。今では当たり前になってしまったかもしれないが、雪に一体何色の絵具を使っているだろうか。

《荷車、オンフルールの雪道》1867年頃
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《霜》1880年
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《かささぎ》1868年〜69年
修復後初公開
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4 風景画と近代生活ー「飾られた自然と、都市の情景」(テオドール・デュレ)
1870年代に入ると、モネは自然の風景だけでなく、近代都市の情景にも積極的に目を向けるようになる。居を構えたパリ近郊の街アルジャントゥイユは、鉄道の開通により工業都市となり、同時に水辺の観光地ともなり、モネは風景画を自然讃美でなく近代生活を描くものとして発展させた。

《トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル》1870年
初来日。
旗の下で帽子を取って挨拶をする男性がいる。
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《アルジャントゥイユのレガッタ》1872年頃
水面の描き方が上手いなぁ
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《昼食》1873年頃
大きな作品。手前にいるのは息子ジャン?人物がメインではなく風景がメインの作品、降り注ぐ陽光がいいね
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《サン=ラザール駅》1877年
連作があるので、これかわからないが、初めてモネ展に行った時にみた記憶がある。蒸気機関車の煙すらモネの手にかかると美しいものになる。この駅舎を模して作られたのが世田谷線三軒茶屋駅。
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《パリ、モントルグイユ街、1878年6月30日の祝日》1878年
これもまた若い時にモネ展でみた記憶。第三共和制下、普仏戦争の敗北からの復活と経済的成功を祝う「平和と労働の祝祭」に歓喜に沸く街。高揚感が伝わる。
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5 四季の循環と動きのある風景ー「ここが私のアトリエだ」(クロード・モネ)


ヴェトゥイユに住んだ1878年〜81年は複雑な家庭環境で困窮、妻カミーユも病で失う時代だ。ヴェトゥイユは工業化の影響を受けていない、変化のない平凡な村であった。しかし、その特色のない風景の中にこそ、気象による変化をはっきりと見出すことができた。モネの連作の原点となる。

《ヴェトゥイユの教会》1879年
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《ヴェトゥイユの解氷とラヴァクールの風景》1880年
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《氷塊》1880年
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《死の床のカミーユ》1879年
まるで風景画のような…
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6 1880年代の風景探索ー「表現された感覚の驚くべき多様性と大胆な新しさ」(オクターヴ・ミルボー)
1880年代、モネはフランス各地を訪れ、ときには国外にも滞在しながら制作を続けた。移動を重ね、地形や季節、光の条件が異なる場所に身を置くことで、自身の絵画表現を試し、広げていく。

《オランダのチューリップ畑》1886年
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《ディエップ近くの断崖》1897年
初来日
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《嵐、ベリールの海岸》1886年
こんな嵐の中にも漁師の格好をして戸外制作をしたという
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《戸外の人物習作ー日傘を持つ右向きの女》1886年
同じような構図の日傘をさす女には、息子ジャンと共に描かれているのがあった。女は亡き妻カミーユ。こちらは、後添えのシュザンヌだ。ジャンと共に描かれていた絵ほどの幸福感はなく、人物もまた風景の一部のようだ。顔がぼんやりしている。
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7 ジャポニズム
よく知られていることなので解説は省略。広重、北斎の浮世絵を展示

アンリ・ランベール《皿「ランベール=ルソー」セット》1873〜75年
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8 連作ー反復ー屋内風景
1890年代、同じ主題を繰り返し描く「連作」に本格的に取り組むようになる。ポプラ並木や積み藁、大聖堂といった題材を、同じ視点から、時間帯や天候、光の違いによって描き分けることで、風景は特定の「場所」から、移ろい続ける「現象」へと変わっていく。

子供の時最初に見た連作は、睡蓮ではなく「積み藁」だった。光によって、つまり時刻や天気によってだけでなく、あたる角度によっても、こんなにも見える色が違うのかと改めて思った記憶が鮮明にある。

《ポプラ並木、風の日》1891年
連作《陽を浴びるポプラ並木》が西洋美術館にあるね。斬新な構図がジャポニズムとしても取り上げられる絵画だ。
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ロンドンの霧はモネの意欲をさらに掻き立てたようだが、その実産業革命の弊害であった大気汚染がひどかったという。
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ルーアン大聖堂もまた30点の連作となった。
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《ロンドン国会議事堂、霧の中に差す陽光》1904年
これは何度も来日している気がする。美しい色だ。
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9 写真室2:効果と反射ー写真による風景、夢見た風景
モネが生きた時代は写真の誕生の時代でもあった。写真家もまたモチーフをそのまま写し出すのではなく、モネと同様に水や反射などを用いた風景写真を試みており、モネとの共通性が見える。

エドワード・スタイケン《水たまり》1903年
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ピーイタ・ヘンリー・エマーソン《睡蓮の採取》1886年
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10 写真室3:ジルヴェニーの庭のクロード・モネーエティエンヌ・クレマンテルのオートクローム
クレマンテルはモネろ深い交流があり、ジヴェルニーに定期的な訪問をし、写真に収めている。
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11 池の中の世界ー睡蓮

ジヴェルニーには1883年に転居。1893年には土地を買い足し、池を中心とした庭づくりを進めていく。池を描き始めるのは1895年頃。「そこにある自然」ではなく、自ら設計し、整えた庭という「造られた自然」を描く新たな創作の段階である。

《ノルウェー型の舟で》1887年
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《睡蓮の池、緑のハーモニー》1899年
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同時代に同じ主題を工芸で表現しようとしたエミール・ガレやドーム兄弟によるアール・ヌーヴォーの作品の展示もあった。
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エミール・ガレ《花形ランプ「睡蓮」》1900〜03年
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ドーム兄弟《鶴頸花瓶「睡蓮」》1909年頃
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最後に現代作家にアンジュ・レッチア《モネに倣って》という没入型映像作品があった。本展のために制作を依頼したらしい。流れる音楽と映像の世界は、モネがたどり着いた水と反射の風景でしばし疲れた足を休ませるのに最高の場所だった。

5月24日まで

アルバムあります
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