1976年新宿副都心高層ビル群の中に誕生した東郷青児美術館。当時東郷青児が描く女性は洋菓子屋の包装紙にもなって、誰もが知っている有名画家だった。
1987年ゴッホの《ひまわり》を58億円でオークションで競り落としたことが大きな話題となり、安田火災東郷青児美術館と名称を変えた美術館が公開、私も混雑の中見に行った記憶がある。
その後は、新宿という場所柄行きやすさもあり、度々訪れた。保険会社が統廃合を重ねた結果、2回ほど名称を変え、一時は覚えられないくらい長たらしい館名になったが、ビル建て替えを機にSOMPO美術館とシンプルな名前になったのはつい最近のこと。
いずれにせよ、我が家の玄関から30分以内で行かれるのだからご贔屓である。
その美術館が開館50周年記念で、新宿をテーマにした展覧会を開催。面白そう。チラシは松本竣介《立てる像》だ、これは見たい。
意外に混んでいた。帰る時入れ替わりに団体客が2組来たので、新宿区関係か?
写真撮影は、66点中18点が不可、おそらく所蔵先の関係だろう。
ミュージアムグッズに、中村屋など新宿区内の名店とのコラボ商品があった。
アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121406653&owner_id=2083345
https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2024/modern-art/
1976年7月、SOMPO美術館は新宿に開館しました。このたび、SOMPO美術館の開館50周年を記念し、新宿をテーマとした展覧会を開催いたします。
日本の近代美術(モダンアート)の歴史は、新宿という地の存在なくしては語れません。明治時代末期の新宿には新進的な芸術家が集まりました。そして、新宿に生きる芸術家がさらに芸術家を呼び込み、近代美術の大きな拠点の一つとなりました。本展は、中村彝、佐伯祐三から松本竣介、宮脇愛子まで、新宿ゆかりの芸術家たちの約半世紀にわたる軌跡をたどる、新宿の美術館として初めての試みです。
第1章 中村彝と中村屋ールーツとしての新宿
1909年、相馬愛蔵・黒光夫妻が新宿に「中村屋」本店を構える。そこには、荻原碌山や中村彝など新進芸術家たちが集まり、中村屋サロンが作られた。詳しい話は、これまで何度か足を運んだ「中村屋サロン美術館」で勉強済み。
中村彝作品は6点。
中村彝《静物》
初めて見る作品。所蔵の「クヴェレ美術館」は昨年11月に水戸にできたばかりらしい。
中村彝《目白の冬》
中村彝《カルピスの包み紙のある静物》
中村彝《頭蓋骨を持てる自画像》
残念ながら撮影不可。画像はネットから。つくづく才能あふれる人だと思う、夭折が残念。
鈴木良三《落合の小川》
モネやルノワールのような陽光あふれる絵画。
中村彝は、相馬俊子との結婚を反対され、中村屋を出て、下落合にアトリエを構える。鈴木良三や曽宮一念は中村彝を慕い、アトリエ周辺の風景を描いた。
コラム1 文学と美術
新宿ゆかりの作家を描いた肖像画や、文学者と画家との交流をうかがわせる作品を紹介。
岸田劉生《武者小路実篤像》
雑誌「白樺」は、西洋美術を見る機会が少なかった当時にカラーでセザンヌやゴッホの絵を紹介した。このことは、日本の画家を大いに刺激したという。
神戸の実業家が購入したゴッホの向日葵は「芦屋のひまわり」↓と呼ばれたが、空襲で焼失したという。
小泉清《向日葵》↓は撮影不可だったが、ゴッホの《ひまわり》を所有する SOMPO美術館の50周年記念展にふさわしい展示だね。
第2章 佐伯祐三とパリ/新宿ー往還する芸術家
佐伯祐三もまた「芦屋のひまわり」に影響を受けた一人で、曽宮一念、中村彝、里見勝蔵などと交流、パリと下落合のアトリエを行き来した。佐伯祐三もまた大好きな画家で、2023年の「佐伯祐三展」でしっかり学んだばかり。
佐伯祐三《下落合風景》
佐伯祐三《雪景色》
佐伯祐三《壁》
峰村リツ子《本棚》
里美勝蔵から指導を受けたというが、里見のフォーヴィズムからの影響が見て取れる。
コラム2 描かれた新宿
織田一磨《画集新宿》
関東大震災から復興する新宿を描いた版画集
〈新宿カフェー街〉
〈武蔵野館〉
この映画館、学生時代に行ったなぁ〜
版画家8名よる共作《新東京百景》
川上澄生〈早稲田大学大隈侯記念大講堂》
前川千帆〈新宿夜景〉
木村荘八《新宿駅》
1935年の作。覚えはないが、こんなような駅舎は朧げに記憶がある、上野駅かな。行き交う人々にそれぞれの人生模様が浮かび上がる。
第3章 松本竣介と綜合工房ー手作りのネットワーク
新宿の落合や目白、中井あたりは、中村彝や佐伯祐三などが住み、目白文化村や落合文士村として世代を超えて受け継がれた。これと合わせて、新宿に隣接する池袋にも松本竣介はじめ、靉光、麻生三郎、鶴岡政男、寺田政明などがアトリエ村「池袋モンパルナス」を形成する。
東郷青児《黒い手袋》
吉原治良らが二科会の内部に結成した「九室会」の顧問に迎えられた。
吉原治良《麦稈帽と仕事着》
桂ゆき《冠》
第1回九室会展出品作
松本竣介《N駅近く》
1929年、17歳の時上京し池袋に住み、1936年松本禎子と結婚し、下落合にアトリエ付き住居を構える。戦争翼賛から距離を置き、自主的な制作をしたことでも知られ、36歳で早逝、回顧展を見たい画家のひとりだ。
N駅とは西武新宿線中井駅のこと。
松本竣介《自画像》
松本竣介《象》
松本竣介《立てる像》
神奈川県立近代美術館蔵。久しぶりに見た。そう、大きさに驚いたんだった。
背景はゴミ捨て場。股の間にも野良犬がウロウロしている。
鶴岡政男《死の静物(松本竣介の死)》
松本竣介のデスマスク。早さすぎる死を悼む。
手塚緑敏《下落合風景》
林芙美子の内縁の夫
刑部人《我庭 冬》
寺田政明《ひまわり》
第5章 阿部展也と瀧口修造ー美術のジャンルを越えて
1948年阿部展也(芳文)が下落合に移り住み、評論家で美術家の瀧口修造や多くの作家たちが集まった。
阿部展也(芳文)《骨の歌》
この時代の女性芸術家たちは、今近美で「アンチ・アクション」展として紹介されているはず。行こうと思っていたのに、もうすぐ会期末だ。
芥川(間所)紗織《女》
ろうけつ染が用いられている
福島秀子《Work》
瓶の底でスタンピング
阿部展也(芳文)/瀧口修造《詩画集『妖精の距離』》
エピローグ 新宿と美術の旅はつづく
どんなふうに締めくくるのかと思っていたら、最後のキャプションがよかった。
「本展の物語は、中村屋に始まった。水戸に生まれた中村彝は、後半生を新宿に生きた。一方、エピローグで取り上げる清宮質文は新宿に生まれ、現在は水戸に眠っている。中村彝からはじまった50年にわたるストーリーを、清宮の静謐な版画によって閉じたい。」
清宮質文《深夜の蝋燭》
はかなさと、
清宮質文《われむかしの日 いにしえの年をおもえり》
追憶。
そして、SOMPO美術館を代表する特別展覧・ゴッホ《ひまわり》に移る前に東郷青児の《超現実派の散歩》が展示されていた。
現在SOMPO美術館のロゴマークにもなっている作品だが、東郷青児は「超現実派の散歩とは、散歩のつもりで超現実主義の試運転をやった意味である。僕は超現実派の中に含まれている時間、空間、nostalgieなどを一番鋭敏に感じる。」と述べている。
新宿を舞台にした芸術の潮流は瀧口修造のシュルレアリスムに行きつき、エピローグで清宮質文の静かな世界てとめ、最後に東郷青児の「これがシュルレアリスムだ」という作品で終わっている、そして、西洋画をまだ見る機会がなかったむかしの画家たちに刺激を与えたゴッホの《ひまわり》で締めくくるとは、なんという粋な展示演出だろう。
2月15日まで
アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121406653&owner_id=2083345
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