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2023年09月03日16:33

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霧の彫刻と大阪万博

 日曜日は週の始まりか終わりかと問えば、私の場合、週初めは月曜という意識が強いため、週末の最終日という感覚。
 朝、家にいる限りはNHKで日曜美術館を見る。自分にとっては週末のルーティンで、しかも見終わった時点から「また、新たな一週間が始まるのか(ため息)」などと考え始める。
 今朝の内容は「霧の彫刻家・中谷芙二子」だった。霧を使って建物や庭や構築物を包むように演出する、というアートを50年に亘って続けられている。ちょっと驚いたのは彼女の父が中谷宇吉郎だったこと。雪研究の第一人者で教科書に随筆がよく載っている、あの中谷宇吉郎。さらに興味を持ったのは彼女中谷芙二子が大阪万博のパビリオンを霧で包むアート活動を始めた、というエピソードだった。
 中学校の修学旅行は万博だった。高松の僻地で猿みたいな生活を送っている少年は万博の魅力に取り憑かれ、その年の夏休み、同い年の従兄弟が神戸にいるものだからその家を拠点として、更に3回4回と通い詰めた。
 見るもの全てが独創的に思えた。展示館も展示物も野性の少年にはアブストラクトで、未来への夢を見られそうな色使いがそこかしこにあった。
 2025年に大阪万博が開かれるそうだが、少年少女に夢を与えるようなコンセプトがあるのだろうか。芸術監督がいて、1日パビリオンを巡っただけで、アートの何たるかを教えてくれるフィロソフィーの種をくれるのだろうか?
 1〜2か月まで、万博紹介ビデオで奈良美智と村上隆の作品を無断借用していることが発覚して、マスコミから叩かれていたが、私が苦笑いしたのは「しょせん低脳市長&知事の主導で始まったイベントゆえ、いまだ20世紀の、言っちゃ悪いけど残滓みたいなアートを引っ張り出して来たいんだ」というレベルの低さだった。1970年の万博は、四国の山猿に限らず多くの日本人を熱狂の渦に巻き込んだ。時代が時代だからエンタメも少ない、という要因もあるだろうが、”わかりやすい斬新性”が強烈にアピールされていた。
 非文化的な首長が起ち上げ、哲学も美学もないものだから、これはこれでどれほどの創造性が見られるのか、逆の楽しみがある。大学から哲学科や美学科が消えいくのを見て、まもなく日本は終わる、と私は悲観的に政治と社会を捉えているのだが、大阪万博が私の予感を体現してくれそうな気がする。

 昨日は昼イチ、図書館に行って本の返却をした。自分には珍しく期限を2日オーバーした。借りた4冊はすべてを読んだけど。
 帰宅してMXテレビで都響のコンサートをただ眺めた。リゲティ作、「ヴァイオリン協奏曲 」。奇想天外なエンディングだけは楽しめた。
 夜、翻刻でどうしてもわからない箇所を何度も推敲して、わずかながら成果があった。夏バテのような疲れが溜まっていて、頭も疲れている。何をする気にもならないくらいにしんどい。おまけに、頚椎症性神経根症が再発して、首から右腕に痛みが走り、病気のデパート状態だ。
 これから先、どうしたらええねん、と自分に問いかけている。
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