ちょっと残念だと感じたのは山下達郎の自身がMCを務めるラジオ番組で、「(ジャニーズ問題でプロデューサーを解雇した事務所の方針を支持した)私の姿勢を、忖度あるいは長いものに巻かれていると解釈されるのであればそれでも構いません。きっとそういう方々には私の音楽は不要でしょう」という捨て台詞だ。私は彼のCDを2枚持っている。といっても昭和遺産のような8センチシングルCDで、「クリスマス・イブ」と「ヘロン」の2枚。
わざわざ「私の音楽は不要でしょう」などと言うのは八つ当たりだ。大ヒット曲というのは好き嫌いに限らず、その人その人の生きてきた歴史と不可分に結びついている文化である。たとえ達郎が嫌いであったとしても、テレビをつけるとJRのクリスマスエキスプレスのCMが流れ、胸キュンとなったり、商店街の有線放送から漏れ聞こえてきたりで、思い出のバックグランド・ミュージックである。アンガーマネージメントを身につけていないただの古希爺だったのか、と落胆した。人の振り見て我が振り直せで、自分がこういう台詞を吐かぬよう気をつけたい。これくらいの歳になると、感情のコントロールが下手くそな男が数多くいる。
テレビニュースを見ていると毎日、残念ネタが出て来るのだが、たとえば今日10日で言えば、福島第一原発の処理水放出について「海を汚すな」と日本政府の方針に強く異議を唱えているという説明のあと、MCが「中国政府の反日キャンペーンの一つだと捉えられています」というようなコメントを述べていた。
それなら私は反日だし、海洋汚染を憂慮している国民はたぶん1割程度いるのではないか。社会体制を十全に受け容れラディカルな批判はしない、というのは、戦前のマスコミからほとんど進歩がない。科学的根拠に基づいて安全だ、とお墨付きを出したのは世界各国の原発維持・推進目的で存在しているIAEAであって、科学者の一致した見解ではない。たぶん安全なのだろうが、それならどうして事故後12年も莫大なコストをかけたタンクに貯蔵したままだったのか、これまた不思議と言えば不思議だ。さらに10日くらい前、六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場がいまだ建設途上で云々という新聞記事が社会面に隅っこにベタ記事で載っていたのだが、そこに5千億だったか1兆円だかの予算を投じている、などと書かれてもいて、核燃料サイクルをまともに報じないテレビニュースってなんなんだ、と不信に思う。そもそも核燃料廃棄物を再処理して使用する、という方針はまだ生きていたのか? なんだか臭いものに蓋みたいで、私のような無関心派にもわかるよう、説明していただきたいもんだ。こんな疑問が自分のなかで生じると、汚染水の海洋放出について、中国政府の見解を反日キャンペーンだと言い切る報道姿勢もどうかと思う。
来月末から戦争加害のパネル展があって、最終のパネル原稿を昨日今日とリライトしている。私はグループ内でやや穏健派ゆえ、事実をことさらに誇張することを慎んでいる。サヨクのグループにあっては思想的に真ん中あたりで、批判を受けることも多い。
が、思想が先鋭化したら、良心的な中間派の市民から疎まれたり信用をなくす。それは学生運動が壊滅したり、社会党を含めた野党が解党したりという歴史の流れでわかるもんだ。サヨクが一般国民と乖離して暴走すると民主主義勢力は衰退する。これじゃあ山下達郎と同じで、マネージメント力が足らないぞ。など言ってしまうと、右翼と変わりないですね(苦笑)。
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