mixiユーザー(id:6486105)

2023年06月09日17:06

130 view

ブラックなホテルに3泊する愉しみ

 4泊5日の旅から昨夜、帰鎌。事前に幾人と会う約束が交わされていたので。自分が好きな孤独に浸る時間が存外少なく、旅行の途上はスケジュールをこなすことに意識が向いてしまった。
 昨日の最終日は、岡山空港15時10分発のANA658便に搭乗する、という決まり事以外、まったくの白紙なので、起床時からずいぶんとリラックスできた。どこに行こうか、まったく決めていなかった。屋島を再訪するのもよし、美術館に行くもよし。何もしないで高松のカフェで時間を潰し、早めに岡山へ戻ってきびだんごを食わせる甘味処に行くもよし。とにかく今日は何もしたくない、という引きこもり気分だった。しかしウツではない。
 
 高松市の中心部にあって、巨大な繁華街エリアのどこでも徒歩圏の古いホテルに3連泊していた。東京人が案外と新宿や丸ノ内のホテルに泊まったことがないのと同様で、自分がこんな場所に朝も晩もいるのが不可思議だった。
 ホテルはこれ以上質素なバイキングはない、しかし年輩者には十分な朝食付きだった。
 ウインナー(茹で)、卵焼き、サラダ3種、白身魚のフリッター、焼き鯖(2口で食べられるくらいに小さい)、ごはんや味噌汁やカレーライスがあって、変わったところでは「讃岐うどん(きつね)」が用意されている。
 3日3晩もいたのでホテルのフロントマンとはすっかり仲良くなり、彼は私を名前で呼ぶようになった。
 チェックインからチェックアウトまで、彼はいつでもフロントにいた。
「3日間とも朝7時半、夜の7時半にいる、という勤務体系って変じゃないですか?」
 3泊目の昨日の朝、尋ねてみると、
「うちはブラック企業の最たるもので、私はかれこれ10日連続、このホテルにいます。お会計もうどんを温めるのもワンオペなんです」
 と答えて薄く笑った。私は手を叩いて笑った。
 年齢をうかがうと、私とちょうど一回り下の同じ干支だった。
 あと4年で定年、だと言う。
「定年の年に娘が大学を卒業するので、あとさきは考えずホテルを辞めてぷらぷら生きるつもりです」
 ぼくは定年より7年も前に会社を早期退職し、あとは好き勝手に暮らしてるよ。だからこんな貧乏ホテルに泊まっている落ちこぼれなのさ、と言ったら、めちゃ受けた。
 こういうマイナス自慢をすると、一定以上の年齢のかたは俄然、話に乗ってくる。サラリーマンの場合、老後の安心と不安は似たようなもので、しかも私のような”中の下”は定年予備軍からしたら、優秀なFPとかエリートサラリーマンの話よりよほど参考になる。私の遺伝子には関西人DNA螺線があって話が面白いから、割と人生相談を受ける側になることが多い。
「お金なんてなきゃないで、どうとでもなるものです」「会社を辞めたからって暇で暇で仕方ないとか、人生の張り合いがないとか、そんなことは絶対ありません」「仕事をやめたらストレスが一切消えて、毎日が楽チンになりました」
 こんなワケがあるはずもないのだが、3割くらいの真実を10割にして話すようにしている。
「10日間もの間、どこに泊まってるの? 仮眠ベッドじゃしんどいだろうから、ホテルの一室を潰して自分専用の寮にしてる?」
 そう質問したら、フロント脇の空間を指差し、「ここに簡易ベッドを置いて仮眠してます。ホテルの客室で寝たら、悪い夢を見るんです。ロビーにチェックアウトの客が並んでいたり、食事の用意が時間までに出来ていなくてあたふたしたり……」
 それはブラックの中のブラックだな、現代人の王道を歩んでいると言っても過言ではないと返したら、とても喜んでくれた。
 今度高松に来たら、このホテルに投宿しよう。床のカーペットに一部剝がれがあり、水の出はいいのだがキレが悪くて栓をしっかり閉めても水滴がだらしなく落ち、朝食バイキングは低レベルで、珈琲はただの苦い水でしかなく、テレビは21インチと小さく、踏切の音がうるさく聞こえ、冷蔵庫のファンの音も同じくうるさく、フロント前にワンオペがしやすいよう仕切りのない朝食会場が広がっていて、いかにもうらびれた雰囲気が館内に充満している、という他に欠点らしき欠点は見当たらない。
 こういうアジアン・テイストなホテルは、精神がタフで寛容な男には得がたい魅力がある。部屋の中でコンビニスイーツを食べて美味しく感じる、ベッドで難解な文庫を広げたら自室と同様すらすら読める、という心身のリトマス試験紙だ。
 
 支配人と話し込んだこともあって、ホテルを午前10時ぴったりにチェックアウトした。
 高松駅まで歩いて行く気になった。午前中の大アーケード街だってそれなりに楽しいだろう。途中、有名な菓子処で土産を買おう。恩師にTwitter日記によく出てくる三越にも寄って、香川県の名物名産を眺めるのもよし。
 丸亀町を歩いていると街角ピアノがあって、そばに庭用のプラスチッキーなテーブルと椅子があった。そこでしばし休憩。
 幼稚園児が10名くらいと保母さん2名がいて、保母さんが代わる代わるピアノを演奏。思いもかけぬ柔らかな光景と音楽で、旅の疲れが消えていく。これはジブリ映画のテーマ曲なんだろうか? 暇な旅人は粗末な椅子の上で15分近く休憩をとった。
 まだ雨は落ちていない……。空模様を自分の目で確認して、玉藻公演に行くことにした。あと30分かそこらは大丈夫な筈だ。玉藻公園は高松城跡で、去年だったか「ブラタモリ」で2週に亘って紹介されていた。
 6年も住んでいたにもかかわらず初めてだった。東京に於ける東京タワーのようなものか。名所であれど行ったことがない。入園料を払って園内に入り、高台になってる本丸跡に登った。その時、旅行用の大きなリュックにいれているiPhoneがぶるっと震えた気がした。が、私はメッセージでもLINEでもバイブも音も切っているので、気のせいだ。
 開いてみたら、恩師から丁寧なメッセージが入っていて、私の身の気遣いをされている。本丸跡からは玉藻公園のほぼ全景が写真に収まるので、iPhoneで写真を撮り、その場で恩師にお礼のメッセージを送り、ふたたびiPhoneをリュックにしまいこんだ。
 この展望所から降りたところで、今度は間違いなく電話の着信音が鳴った。
 出てみたら先生だった。
「いま一人なの?」
「そうです。一人で玉藻公園を散策してます」
 5分ほど話して切った。
 一本の電話によって園内の景色の彩度が上がった。先生が年に数度行くという披雲閣へ行って外観をデジイチで撮ったり、庭園に松の枝ぶりを観賞していたりしているうち、あっと言う間に1時間が過ぎていた。私、どこかのベンチで寝てしまっていたのでは(笑)?
 別れ惜しいものの玉藻公園を出て、偶然見つけた讃岐うどんの店に入って「かけうどん小+穴子の天ぷら」を食べ、高松に別れを告げる前に行くつもりだった高松シンボルタワー39階の展望室に寄ってからJR高松駅。
 マリンライナーで岡山駅。岡山駅の小綺麗なスーパーで備前味噌ときびだんごを買って、桃太郎空港までリムジンバス。
 空港は土砂降りだったが、古代、ニッポンを幾度となく救った桃太郎のおかげで飛行機は欠航していない。桃太郎が雨退治もしてくれた、めでたしめでたし。
6 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2023年06月>
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930