12月30日金曜日、午前7時は曇天、10時くらいから快晴。
起き出してまずはリビングに行き、ガス暖炉とエアコンのスイッチをオンにする。これ、晩秋から春先までの日課。今朝の気温は7.9度だった。
そののちコーヒーを淹れるため、琺瑯のコーヒーポットに並々と水を入れて火をかける。キッチンの床に座り込んでガリガリと乾いた音を聞きながら豆を挽く。これは365日のルーティン。
ウインナー3本とスクランブルエッグ、ほうれん草のバター炒めに小さなロールパンの朝食後、大掃除もどきを始める。内外の窓を拭き、玄関のたたきを水拭きし、玄関前と門扉周りを箒で掃き、ひと息ついたところで今度は家の中のフローリングすべてをワックス掛けした。これで手抜き作業時間は2時間くらい。昨日放映の池上さんの番組では、大掃除をするひとは半分程度で、インタビューに答えている若者は否定的な見解だった。年賀状然り、大掃除然りで、池上流で言うなら「そろそろバージョン・アップしよう」ってところ。
思想や政治信条はアナキズム混じりの極左だが、生活レベルでは守旧派だ。なので、たとえば11月の中頃から毎日のように載っている「おせち」の宅配とか、タラバガニお得に1キロみたいな広告を目にするたび不快感が募る。いつからあんた、そんなに偉くなったんだ、などと嫌味の一つでも言いたくなる。正月に上等なカニとかローストビーフを食べる、というのがおせちとどう繋がるのか。
阪神間で生まれ育ち、両親とも神戸の出で、ごくごく平凡な家庭では、元旦の朝、3段の組重(重箱)が食卓に出てくる。
数の子、黒豆、くわい、ユリの根、田作り、市販の伊達巻きと紅白それぞれのカマボコ、昆布巻き、海老の煮付け人数分、なます、味つけが濃い筑前煮みたいな煮物、酢れんこん。
重箱以外に、40センチか50センチくらいの明石の真鯛が塩焼きされた姿作り風が家族4人の真ん中にどーんと置かれ、年によっては京都の千枚漬けが各自2枚くらい並んだりもする。それとお雑煮。これで三が日を過ごす。
明治時代なら、おそらく数の子と伊達巻きはなかっただろう。昭和の食糧難の時節では、カマボコや海老がなかったかもしれない。
新聞一面のカラー全面広告、ないしは全5段を使ったおせちの広告を見てると、カラフルなお花畑的世界が広がっている。おせちのバージョン・アップだ。
個人的には、普段の日常で美味しいものをいただき、お正月くらいは神妙な気持ちで食卓につきたいと思う。
少年時代のおせちでいちばん印象深いのは、三が日の終わり頃、鯛が頭と骨だけになり、それを母と私で分けてお茶碗に入れ、お茶をかけて醤油を数滴落としていただくという質素な骨茶だ。これが結構美味しいというか、食事の最後を締める温かさなのだ。ごはん粒が数個浮いていたりして汚らしいのであるけど、こういう質素な暮らし方が今の自分に繋がっている。否定より、肯定したい。
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