一昨日、朝日の夕刊に大きなスペースを割いて、書店オープンの記事が載っていた。
<東京・六本木の青山ブックセンターの跡地で11日、入場料1500円を支払う書店「文喫(ぶんきつ)」が開店した。出版不況のなか、本の販売以外の新たなビジネスモデルを探ろうと入場料制を導入。付加価値のある空間を目指すという。>
(
https://www.asahi.com/articles/photo/AS20181211000886.html)
片岡義男の小説にある題名を思い出す。
『ブックストアで待ち合わせ』
少なくとも80年代以前は、都会のオアシスと言えば大型書店かレコード店くらいしかなかった。一流ホテルの豪華なロビーとかデパートメントがあるではないか、と反論するひとは、貧乏な学生や無職者が世の中にはごまんといるということを知らないひとである。少なくとも私は誰かと待ち合わせる場合、それが男でも女でもたいていは横浜駅の駅ビル的なランドマークの相鉄ジョイナスにある栄松堂書店だった。店内はいつ訪ねても本を探すひとと待ち合わせをするひとで混雑していた。
青山ブックセンターも同じだ。栄松堂のようなローカル書店と違って、地下鉄六本木駅の上に位置する東京でいちばんファッショナブルな大型書店で、深夜の5時まで空いていた。82年から90年まで青山ブックセンターから徒歩40分のマンションに住んでいたこともあって、個人的にはもっとも思い入れが強い書店だった。
そうかぁ、あのABC(と親しみを込めて呼ぶひと多し)が入場料制の大型書店に生まれ変わったのか……。
クソだな。300円ならともかく、1500円の「入場料」だって?
2年以内に潰れるだろう。本が本当に好きなひとは、1500円の入場料を払うより、本代そのものに使いたい。
何度も「クソだな」と心の中でつぶやきつつ、『風に吹かれて』という税別860円の文庫を手に取って読み始めた。
著者はマイミクの作家。3部+αの章立てで400ページ弱の長編を、火曜日の夜1時間半、水曜日も1時間半、今日木曜日は約2時間かかって読了した。
小説の舞台は山口県岩国市で、中学2年生の男子3人グループが主人公だ。中学2年のモリケン目線で、いきいきとした少年たちの日常が描き出されている。
「お前、小説家になったら、いつか俺らのことを書くんか?」と漫画家志望のノッポがモリケンに尋ねる。
「書くかもしれんのう」
あくまで小説だからモリケンは著者ではない。にもかかわらず、『風に吹かれて』は著者の少年体験記を装って読者にリアリズムを感じさせるスタイルになっていた。
読書中、何度か思考が中断せざるを得ない箇所があった。
会話は基本、岩国弁だ。
「わやや」(ダメになる)
「いのか」(帰ろう)
といった方言を心の中で音読していくうちに、私はだんだんと讃岐弁を思い出していた。父親の転勤に伴って私は中学1年から高松に移り住んだ。岩国と高松は対岸というわけではないが、瀬戸内海の沿岸で、共通する方言が多いことを知った。魚を突くモリのような道具を高松の田舎では「ヤス」と呼んでいたが、岩国でも同じだった。関西でも関東でも「ヤス」という名称など聞いたことがない。著者と私の年齢差は5歳だが、ボブ・ディランだとかサイモン&ガーファンクルといった当時はポピュラーなミュージシャンが出て来たり、夜ごと深夜放送を聞いて寝不足になるといった風潮もまったく同じだった。そして何より、ここに出て来る少年は、私の中学生体験とかなり近い生活だった。
まるで自分自身の中学時代が描かれている、というリアリティに引き込まれ、次に仲間の不幸だとか世の中の不条理や不平等さをサブ・テーマにしていることで、本来は架空の物語であるにもかかわらず私はどうしても虚構だとは受け取れなかった。
本書ほどに劇的なドラマはなかったものの、共感以上の追体験を味わいながら、最初から最後まで引きずり込まれた。
マイミク氏の日記で、カバーに対する不満が書かれていた。そして、部数や担当編集者に対する批判めいたことも。
カバー制作は芦澤泰偉事務所のデザイナーだった。芦澤さんとはホントよく一緒に仕事をさせていただき、それなりに信頼できるかただと思ってきたのだが、著者の不満は正鵠を射たもので、よくこんな出来損ないのデザインを芦澤さんが許したものだと、著者以上に私は憮然とした。内容を損なうようなイラスト、手書き風の浮いた字体、そして表4に書かれたあらすじも陳腐で、怒りめいた感情が湧いた。実は私、表紙とあらすじをざっと見た時、(八ヶ岳を舞台にした山岳小説に較べて数段)つまらない小説かもしれない、と感じたくらいだった。いい意味でその予感は裏切られたわけだが、著者にあってはこれほどに優れた小説が下手くそな装幀と不熱心な編集者のせいで埋もれてしまう、という怒りに繋がるのは当然だろう。
このような物語を書かれた樋口明雄さんに対し、心から敬意を表したい。
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