日曜の夕方、風邪を引いちゃったかな、と思った。翌日の月曜朝は目が覚めると倦怠感が半端なくあって結局二度寝ならぬ三度寝でようやく起き出したのだが、しっかり風邪だと自覚したのだった。
昨日の水曜日、手帳のスケジュール欄に<20.48〜21.51 月食 次回は2037年>とメモっていた。まだ風邪の症状は治まっていなかったけれど、平熱だから月食をしっかり観察しようと意欲満々になった。夕方の気象情報では、雲で見られない可能性を示唆していたので、それだけが心配だった。20時過ぎ、庭を出て夜空を仰いだら、少なくとも天頂から南側半分は雲一つない快晴で、下田ほどではないものの星々が輝いている。
20痔45分、家の門を出たところで月を見上げる。満月だ。
10分少々で、月の欠け始めを見た。
で、部屋に戻って5分後にまた外に出て観察。1分くらい月を見たら部屋に入って石油ストーブの前で暖をとってはまた5分後に戸外で月食の進み具合をチェック、というのを10回くらい繰り返した。
で、21時51分から数分くらい経ったところで、月がずいぶんと小さくなったように感じ、色が茶系の混じった淡い赤色に変化している。この月の状態をどう呼ぶのかさえ知らないのだけど、そんなことよりまるで子どもみたいにはしゃいだ気分になれただけで私には充分、な天体ショーだった。10時半くらいに月の状態を見て、わたし的には終了。
今日は天気予報が少し外れた。昼すぎから雨の予報だったのだが、正午前に雨が降り始めていた。雨がいったんやんだらラズリの散歩・午後の部に出よう。
軽めのランチ後、珈琲を飲んで一服していると、今週、週刊誌で片岡義男が『珈琲の世界史』という新書を書評していたことを思い出し、心の中で思い出し笑いをした。その署名コラム風書評は、「読み進めて半分を超え…」という記述があって、どうやら最後まで読まないまま書評を書き始めている、という世にも珍しい書評なのである。これまで何万もの書評を読んで来たが、本を最後まで読んでないというのを評者が明かした書評は初めてだ。いや、そんな中途半端な書評なんてあるわけがない。iPhoneでつまみ食いをするように飛ばし読んだので、私が誤読したに違いない。
では、片岡義男はどの週刊誌に寄稿したんだっけ?
iPhoneでdマガジンを読むようになって以降、広告で目を引く特集とかネットと変わらない薄い記事、あるいはスキャンダルなどはほとんど読まず、むしろ連載コラムや書評、映画評などが雑誌読みの愉しみとなった。
週刊現代だろう!
が、違った。
じゃあ、記事の詰めが甘い週刊ポストだ!
しかし、これも違った。
まさか週刊朝日?
ここに片岡義男センセイの書評が載っていました。
頭、ボケてる。が、片岡義男の書評を改めて一字一字丁寧に読んでみたら、やはり最後まで読んでいないように受け取れた。本を題材にした片岡のエッセイだから、これでいいのだ! 再読したのだが、やはり面白い。
私、こういうおふさげなアティチュードというのが大好きだ。
本ばっかり読んでいるので、本の話題しかないのだけれど、学生時代、夢中になって読み耽った加賀乙彦の『不幸な国の幸福論』を昨日読んで、100箇所くらい共感したり学んだり出来た教えがあった。その中に老子の「知足者富」を引いていた。足るを知る者は富む、の意で、「老子」第33章にある一節だ。で、加賀は知足について「単に我慢しろ、欲望を抑えろということではありません。モノやお金、名声や地位や他者の評価といった自分の外側にあるものに振り回されるな。もっと自足して生きようよすすめているのだと思います」と説明していた。
老子は紀元前5世紀の人だから今から2500年も前に説かれた人生訓である。ギリシア哲学を知った時にも驚いたものだが、日本ではまだ文字ひとつなかった時代に、物質文化を批判したり、官吏批判があったりと、世界の先進文明は人間や社会の真理を真っ当に探り当てている。おらたちが穀物を栽培したり獸を狩りに行くために人間が寄り集まってムラがようやく出来たという時代に、「知足者富」を説き、自然回帰や合理主義の虚しさや、働き過ぎると己を失うということさえ説いている。
まあそれはともかく、老子の「知足」について加島祥三先生は加賀と同様なことを書いていらっしゃった。
「知足者富」はたいてい誤解されているようです。自分が満足すればいい、くらいの解釈ですが、それは違うとぼくは思います。「足りることによって自分のなかに冨を見つけはじめるという意味だと思うんです、物質の冨から自分の心の富への転換、自己の潜在能力の発見なんです。(以上、『老子と暮らす』加島祥三著より要約)
ひとつのキーワードに引っかかったらこうして次から次へと関連本が出て来て、読書がなかなか完結しない。別に読まなくて構わないわけだけど、生というのは死ぬまで連続性があるのと同じだと思う。どうしても次へ次へと繋がってしまう。
正午前から雨は終日やまず。
やむなく雨のなかをラズリと散歩したのだが、わずか3分くらい歩いたところで、ラズリがウンコす。私以上に雨が嫌いな犬だ。水に濡れるのが不快なようだ。
夜9時半くらいから、雨はボタン雪に変わった。雪というよりみぞれに近い。これくらいだとたぶん積もらないはずだ。
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