年末から胃の痛みが続いていて、心配になってきた。8年前に胃潰瘍で入院したことがあるのだが、その時に味わった痛みに近い。
今日金曜日は、入院で世話になった医師の診察日なので、念のために朝ごはんを抜いて病院へ行くことにした。
医師に症状を話すと、迷うことなく胃カメラで診察しましょう、と言われた。えっ、やっぱり胃カメラですか、と言い返したら、8年前に撮られた胃の潰瘍を見せられてうんざりする。また今回も自分の内臓を見なければいけないのか。
看護師の問診、たとえば「歯の麻酔で気分が悪くなったことは?」「最後に食べたのは何時?」と言った質問に答えたあと、血液検査となる。びっくりした顔を私がしたんだろう。看護師が「院内感染予防と医療コンプライアンスのため、肝炎やエイズにかかっていない検査をしないといけないのです」と説明してくれた。その時に初めて看護師の顔を真正面から見たのだが、過日見た藤吉久美子と同レベル(というか似ていた)の美人で、一瞬、心が和む。しかし、次に考えたことは、これで検査費用がかさむだろうというケチくさい想像だった。
胃の泡立ちを抑えるという液体を飲まされ、次に鼻から液状の局所麻酔薬を注がれてごっくんと飲み込む、という荒技を受けさせられた。
ああ、苦しくないようにと祈るばかりだ。
5分ほど経って、恩師的存在の医師がそばにやって来て。胃カメラが始まる。
先生はしきりに「うーん? うーん?」とつぶやいている。
3分ほど経ったところで、「胃壁はもちろんのこと、○門(よく聞き取れなかった)まで調べてみたけれど、潰瘍はありませんねぇ。炎症があるにはあるけれど、一般の人でもこれ以上にあるので、安心していいレベルです。ピロリ菌がある風にも見えないので、健康そのものですよ」
まだ喉に管が通っている状態なので「あんちんちました」と幼児のような言葉遣いで返事をする。
一応、胃の粘膜を保護する薬を処方してもらって会計を済ませ、病院を出た。
病院のすぐ近くには「元八幡」という小さな神社がある。頼朝がこの神社を遷社して鶴岡八幡宮として奉った。神社に隣合う家に芥川龍之介が大正7年から約1年間、住んだということでも、この一帯は知られている。
元八幡さまにお参りしてお礼を言おう、と立ち寄ったら、社務所が開いているではないか。これまで幾度となく訪ねたのだが、社務所自体あることを知らなかった。
社殿の前で賽銭を入れ、二礼2拍してから礼を申し上げ、もう一回お辞儀をして八幡さまをあとにした。
お腹が空いたわけではなかったが、今日は何も食べていない。
ラーメンひら乃に行って、味噌ラーメンかな。一般的にはラーメン、イコール脂っこいというイメージだが、ひら乃のラーメンは基本が鰹だしのスープで、舌にも胃にも優しそうなのだ。何よりオヤジさんとは顔見知りの関係で、店に入るとほっと出来る。
いまは豚骨系の脂っこいラーメンが幅を利かせているが(神奈川県内)、1969年創業のひら乃は昔ながらのラーメン屋さん。えっ、あと1年で50周年を迎えるのか。……そりゃそうだ、私が通い始めて26年になるのだから。
オヤジさんは私の顔を見るなり話しかける。カウンター7席の超狭い店ゆえ会話を聞かされる観光客に悪くないか、と思う。
もう取材は受けないそうだ。
客はそこそこでいい。変わらぬ味を維持していきたい、と。
そうそう、この味この味。
胃潰瘍ではなかった診断結果も手伝って、極上のラーメンだ、と思う。
いったん家に戻って一服してから、今年初めての図書館。
公共図書館がどんどんと立派な建物に進化していくなか、時代から取り残されたような空間の図書館だ。これもひら乃同様、昭和な雰囲気で、ゆったりとした時の刻みが堆積している。月遅れとなって貸し出し可能になった「文学界」12月号一冊だけ借りた。もし文芸誌がdマガジンで読めるようになったとしても、読むのはかなりつらいだろう。
今日は今年最初の「プラ」ゴミ回収の日だ。普段は正午前に回収されるのに、今日は午後2時半になってもまだゴミ置き場に山積みされていた。年末年始でゴミの量が増えたのが一因だろう。
昨日は生ゴミの日だった。しかしゴミの量は少なかった。毎回思うことだが、「プラ」ゴミの量の多さに不快感を抱く。自分宅でもプラゴミのほうが生ゴミよりかさ高い。
石油をじゃぶじゃぶと消費して、清潔包装を維持し続けている。
もうこんな馬鹿なスタイルをそろそろやめないか? いまの消費文明までが薄っぺらに見えてくる。プラスチックのトレイに収められた野菜や魚の切り身が美しく見えるのは確かだが、美味しい食材は美人と同様、すっぴんでもそれなりに綺麗なはずだ。厚化粧しなくてもいい。
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