mixiユーザー(id:6486105)

2016年01月13日21:10

224 view

ほとりの朔子

 映画とテレビドラマにはいくつかの違いがある。今日観た『ほとりの朔子』はその差をはっきりと感じさせる映画だった。
 描く領域が違うと言えばいいのだろうか。テレビドラマは九分九厘、話が完結している。そうでないと視聴者から確実に不平不満が続出して「何が言いたいのか」という文句に近い疑問が寄せられる。が、映画の場合は、しばしば人間の一生のある期間だけを描いて、登場人物はその後どうなっていくのか示唆さえしなくても許される。その意味に於いては純文学と似ていて、汚い表現をすれば「あとは知ったこっちゃない」と著者が投げ出すカタチの結末が多い。エンターテイメント文学では考えられない。ミステリー小説で犯人が誰かを最終的には読者に委ねることなど(まず)ありえない。『ほとりの朔子』は浪人生(二階堂ふみ)が2週間叔母の家に行って夏休みを過ごす、という内容で、いくつかの小さなドラマは起こるのだけれど、どのトラブルも朔子は当事者でさえなくて、身辺雑記でしかない。
 芸術ではよく「世界観」という言葉を使って制作者の心的世界を見たり読んだりする楽しみが公に認められている。視聴者を念頭には置くものの、それよりも大事なのは監督の世界観である、みたいなことが映画では平気で許される(アイドル映画などには当て嵌まらないけど)。もちろん、監督がいる限り、テレビドラマでも監督の世界観=強い個性はある程度出るものだが、鼻につくほどには出さない。分限をわきまえている、と言える。
自由度が高く出来るから『ほとりの朔子』のような映画が製作出来た、と私は見終わった直後、思ったのだった。
 mixiの映画通「お気に入りさん」から教えていただいた映画だった。私が映画に題材の面白さやスリル&サスペンスを求めないことを知っていらっしゃるので勧められたのだろう。だから自分にとってド・ストライクな映画だった。
 海辺のシーンが何度も出て来る。鶴田真由が準主役なので、最初は鎌倉が舞台か、と思った。鶴田は鎌倉出身で趣味は鎌倉だと公言しているくらいだから。が、波の穏やかさと砂の色こそ鎌倉と同じだったが風景はまったく違っていた。鎌倉は海のそばにラブホなんてないし、田舎の風景はそこかしこにあるものの箱庭くらいの大きさで広々としていない。映画を見る前、普通はある程度どういうストーリーでどんな俳優が演じるのか知っているものだが、今回は予備知識ゼロで見たものだから展開すべてが新鮮に映った。

 体調が悪いものだから、今日は朝刊を隅から隅までだらだらと目を通した。
 意外というか、やっぱりと言うべきか。消費税10パーセントの軽減税率で財源を「税収の上ぶれ」で確保するのかどうか、という記事だ。第2次安倍政権以降、上場企業のなかで史上最高利益を計上した会社が多数あるとか、民主党政権時代より株価が確実に上がったのでそれなりのGDPの伸びはあるのだろうという印象だった。金持ちはより金持ちに、貧乏人はさらに貧乏に、という政策でGDPという数字だけは上向いている、と国民の多くは考えているはずだ。
 が、国の税収は57.6兆円から消費税の増税分(8パーセント)を引くと、リーマンショック前の2007年と変わらないという。法人税は税率の引き下げなどもあって2007年より2兆円も少ない。つまり安倍の金融緩和政策はまったく税収に寄与しなかったことになる。こういう具体性をもった統計は、テレビも新聞もほとんど報じない。そう言えば民主党政権時代、連日のように尖閣列島付近を「領海侵犯」する中国船問題を喧伝し、弱腰外交を極端に嫌うネトウヨらを勢いづかせていたが、安倍政権以降、実は増えているにもかかわらず新聞が安倍に「この弱腰め!」と批判することもない。不思議と言えば不思議でひと昔前なら日和見主義と糾弾されてしかるべき態度である。
 防衛費は上げ続ける、国民の平均年齢は上がる一方だから年金などの福祉予算も増える、しかし税収アップは消費税の増税以外ない、という現状なら、消費税を50パーセントくらいにする他、策がないのでは? もちろん年金暮らしも非正規雇用労働者も50パーセントの消費税であればほぼ全員が餓死寸前になるわけだが。まともな経済学者はどう日本の現状を見ているのだろうか。
4 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2016年01月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31