かれこれ2週間くらい前、鉢植えで育てているつるバラの葉がわずか一日にしてすべて消えた。つるバラと言えど茎にはほぼ等間隔に棘があって、茎はまだ鮮やかな碧色だけに捨てがたい。毎朝庭で水やりをするたび、助かるものならまた葉を繁らせたいと思う。
一度根っこをささっと水で洗って、新たな土で植え替えることにした。虫にやられたのか病気なのかはわからないが、2蜂のつるバラを引っこ抜いて水を張ったバケツで洗い、植え替えてみた。一週間後、ふたたび蘇ってくれることを期待して。
近所の病院へ、自転車で行く。胃腸薬はともかく、睡眠薬は医者の処方箋なしには買えないので、定期的に通うことになる。私が掛かっている医師は人柄がよく、困ったときにはいろいろと相談にも乗ってくれるので、睡眠薬とともに手放せない存在だ。先生の顏を見るとほっとする。
会計を待つ間、診察室の入口脇に備えられている自動血圧計で測定してみたら、最高血圧が111mmHg、最低が70mmHgだった。だいたい上が105-112の間、下が60-70だから、今日はやや高めな数字だった。急激な暑さで血液の温度が上がって膨張でもしたのだろうか。
帰宅してひと息ついたら、ラズリの散歩だ。
夕方恒例となった散歩コースを今日も同じように歩く。生垣の家が多いせいか、日陰を選んで歩くと長袖のポロを着ていても暑さはほとんど感じない。門扉の前に置かれた幼子2人が微笑んでいる白い素焼きの人形を見たり、橙の巨木のせいで引き戸の玄関周りがいつの時間でも薄墨色に暮れているような日本家屋を横目にすると、心が和む。和んだ先には教恩寺という小さな時宗の寺がある。山門をくぐると、参拝者を通せんぼするかのように、右から左へと主幹が伸びた桜があって、幹越しに本堂を眺める。運慶作の阿弥陀三尊像が収められているらしい。境内にはところどころ苔が生えているので、ラズリと入ることは遠慮している。もっとも、うちの家とどっこいどっこいの狭い寺なので、山門からでも十分に落ち着いた佇まいを味わえる。
寺を通り過ぎたところの家で、7〜8カ月ぶりに憧れの老婆を見た。寒さが感じられない午後4時台、庭に置かれた質素で小さなガーデンテーブルに新聞や本を広げて読んでいることが多かった。じろじろと眺めるのは失礼だからいつも横目に、ラズリと通り過ぎるのだが、身じろぎもせず本を読む姿は意志の強さが感じられる。去年あたりから高齢者向け宅配弁当サービスの車が何度か彼女の家の前に駐まっていたので、体でも壊されているのではないか、と気になっていた。が、今日ちらっと見た限り、背は夕空と直角で伸びている。寒さが一掃されたから、今後たびたびお見かけできるだろう。
この家を過ぎたら、ラズリは前へ前へと狂ったように進もうとする。あと30メートルで横須賀野菜直販所だ。一昨日はレタスをもらった。今日は何か野菜クズが残っているだろうか。
よく来たね、とおばさんは私ではなくラズリに向かって言う。
今日は、ブロッコリーの葉っぱがいっぱいあるからあげよう、食いしん坊のキミに。
現金なラズリは尻尾を振って応える。
3枚もらったところで、ラズリに「これで終わりだ」と言い放ち、今日は「インカのめざめ」というピンポン球よりも小ぶりなジャガイモを一袋買ってみた。
夕飯、丸ごと揚げたのを食べてみたのだが、メークインや男爵と較べて濃厚な上、もちもち感が強く、食べようと思えば一袋分でも食べたいくらいにおいしい。弥生時代に還って、こんなねっとりとした芋と洗面器一杯分のアサリと鎌倉の山や路地のあちらこちらに生えている山ミツバのおひたしの小鉢だけの食事、となっても、不満はない。むしろ、普段の意識から食の楽しみが7割方消えて、その分、もっと体を動かしたり自然と向きあう時間が増えるとすれば、先祖返りするほうが自分にとって望ましい暮らしかもしれない。
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