そろそろ年賀状を書き始めないと、と思い始めて一週間が経った。が、依然として書く気配なし。
年賀状とは別に、いただいた手紙の返事も書かないといけない。これについても1カ月近く放置しているので、クリスマスカードに替えて出すことに決めた。こちらの期限は今日か明日だ。
たった2枚のカードを書く、というか作るだけで、2時間以上を要してしまった。最初はユニセフのロゴ型押しがあるハガキに、ネットから取ってきたテンプレートを利用して気の利いた挨拶文でも書こうと思ったのだが、白い厚紙を使ってこじゃれたオリジナリティを出してみようとか、家の周りにある落ち葉を細工したカードを作ってみようとか、考え始めたらいろいろと遊んでしまって、午前11時半に始めてから宛名書きをして切手を貼り終えたら午後2時になっていた。途中で寝てたんとちゃうか(苦笑)。
メール全盛の時代になって10年が過ぎた。ハガキや手紙を書くのは手間がかかって面倒だし、時間はメールに較べて何倍もかかる。だから廃れゆくのはよくわかる。日本人の2人に1人が年に1冊も本を読まなくなってしまったが、たぶんハガキと手紙も同様の率で書かない人が増えて来た。偏見半分で言うと、なんでもかんでもメールで済ませる人というのは忙しいからではない。昔から、マメに手紙を書く編集者とメール重視派の編集者が混在していたが、むしろ暇な編集者のほうが依頼やお礼の手紙を書かない傾向にあった。私は親密な人づきあいを避ける性癖があるため、やむなく手紙を書くほうのタイプになっただけで、根っからの筆まめとは言い難い。暇人になってもダメなものはダメ、ということだ。
午後2時。郵便局へカード2通を出しに行った。入口脇の赤いポストは年賀状用と一般用の区分になっていた。先週までは定型郵便と大型封筒の分け方だった。
小腹が空いたので、ラーメン「ひら乃」へ行く。カウンター越しにおやじさんと親しげな会話を交わしながら味噌ラーメンを食べる。絶品。店を出るとき、今年最後だろうなと思いつつ「よいお年を」とは言わなかった。まだそんな挨拶をするような気分じゃない。
夕刊に、日本軍によって徴兵され、終戦後、戦犯とに問われた朝鮮出身軍人問題がかなり詳しく紹介されていた。この問題は従軍慰安婦と同じかそれ以上に理不尽で不条理な「差別」だろう。大学に入って、何やら某セクトの拠点らしい「朝鮮史研究会」(ちょうしけん)でのサークル活動で初めて知ったことだ。山川の日本史教科書には載っていない、もしくは入試問題には絶対出ない歴史だろう。
1952年当時、巣鴨刑務所には972人の戦犯が収容されていた。朝鮮人は30人。他に東南アジアなどの収容所にも朝鮮人戦犯がいて、現地で処刑された者も多数にのぼる。日本軍によって徴用され、捕虜収容所の下っぱで労働をさせられ、それで死刑になる。彼らの理不尽さは、通り魔によって殺された一般市民と似たり寄ったりだ。が、サンフランシスコ講和条約以降、軍人年金も遺族年金も国籍が日本でないことを理由に支払われず、補償もなければ名誉回復もない。それで韓国に移住しようとしても、今度は韓国人サイドから「日本の犬」といった見方をされて自分のナショナリティが見えなくなる。あと3年5年でまだいる韓国BC級戦犯も亡くなっていなくなるだろう。
現在のネトウヨと低脳の安倍ら右翼議員らは、知らないところで彼らの恨みをいっぱいいっぱい浴びていればいいだろう。私は気が弱いからイヤだ。日本人とは別次元なほどに感情的な国民を敵に回すのは、自分的によろしくない。この記事はこのあと切り抜いて、飯田進さんの名著『鎮魂への道』の中に挾んでおこう。
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