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2026年03月26日19:40

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途中で気が変わってしまった

 3月26日木曜日、雨。
 午前11時過ぎ、ケータイに着信があった。未登録の番号だったが出てみたら、この1月にお会いした詩人の縁戚者だった。用件は今週末、彼の姪がコンサートに出るのでよかったらご一緒しないか、というものだった。いま編集作業で煮詰まっているくらいなので、ちょっと難しいか、と断った。88歳の縁戚者はそうでしょうね、と納得してくださり、「いきなりの今日で明日というようなお願いなので失礼した」と軽い謝罪をされた。
 私はこの人が嫌いではない。日本最大のメーカーに勤務され、定年退職後は趣味の活動にいそしみ、一本の木から仏像を彫り出す一木作りの仏がリビングに30体(仏)ほど並んでいるのを見て、ただただ、すげえな、と感心したのだった。
 お誘いを断ったあとも彼といろいろと話をした。
 そろそろ電話を切ろうかというタイミングで、「さっきのコンサートの件ですが、やっぱり出ることにします」と返答を変えた。無理してでも行って、笑顔を見せたくなった。
 とても喜んでくださった。
 コンサートのあと、みんなでしゃぶしゃぶ料理店に行くそうだが、これだけは断ろう。私のような部外者がいると話も弾まないだろうから。さっさとひとりでラーメンでも食べて帰ろう。
 午後3時、いやいや図書館に本を返却しに行く。まだ小雨が降っていたので傘をさした。
 せっかく図書館に来たのだから駆けつけ一杯で、今週発売の「本の雑誌」を読んだ。雑誌はデジタルより紙だな、読みやすい。システム手帳にメモりながら40分ほど熟読。
 ラジカルなことを言えば、日記(文学)以上に読むべきものはない、というようなことを複数の寄稿者が書いていた。
 AIの進化は我々が思っている以上に進んでいて、小説や評論といった叡智と創造性の集合体であっても並みの人間では太刀打ちできなくなる段階に達しつつある。優秀なクリエーターたちを束ねた上で桁違いの演算力で創造していくのだから、原理としては百万人千万人の「共著」となるわけだ。
 日記は違う。人生は一寸先も決められていない。それをどう行動するのかは個人に委ねられている(今のニッポンでは)。そして、日記は更に個人的な領域で、どう書くかという点に於いて100パーセント自由が保たれている。
 そういう背景から、「日記(を読むの)は面白い」となる。
 夜遅くになると、決まってYouTubeでアンビエント系やチル系の音楽を流している。徐々にAIがつくった曲が混じり出した。私はエニグマというドイツ+フランス+イギリスを3で割ったようなグループが好きなのだが、エニグマもどきが急速に増えていて、本物とフェイクの区別が付きづらい。聞いててもわからなくなっている。
 まだAIによる二次元の絵画や三次元の動画は違和感のあるコンテンツだけれど、これも時間の問題だ。規制が出来ないほどに人間を呑み込み始めている。
 大学の一般教養で例えば国文学入門という講義があるとする。前期はレポートで採点されるとする。
「古典の一冊を挙げて、わびさびとはなにかを800〜1000字で答えよ」
 ネットがない時代だと、図書館に行って何冊かの古典にあたり、見当をつけながら註釈付きの本文と2時間くらいはにらめっこし、ここぞというポイントを2、3箇所、ノートに写しながら、どうまとめていけばいいかを熟考することになる。半日は要する。
 が、今どきこんなレポート課題を与える教員もいないだろうし、もしあったとしたらAIに訊いて、わずか1分後には800字の模範レポートを書きだしてくれる。
 面白い時代になったもんだ、と皮肉のひとつも言いたくなる昭和世代でした(苦笑)。
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