ちょっと気抜けした日が続いたり、自分の気力と能力を100パーセント使っての目標達成日が連続すると、たとえばmixi日記はもちろんのこと、システム手帳に記している手書き日記もおろそかになってしまう。わずか100字程度の日記をメモるくらいの小さなことが、とてつもなく大きな壁になって乗り越えるエネルギーがなかったりする。これは何も今に始まったことではなく、思えば高校時代でもそういった不甲斐なさがあった。気力のなさが著しくなると、毎回決まって自分は精神病なのだと自問する。ひとより目標設定が高いのに、人間力はひとより劣るからか、とも思う。
昨夜、システム手帳の日記を3日まとめて記し、食事ノートにも2日分の食事内容を書き留めた。夜23時、たったこれだけのことが自分にあっては難事業だった。心身が健康なひとにはわかるまい。
生きていくためにはさまざまなルーティンがあって、それを一つひとつクリアしていかないと次に進めない。
たとえば昨夜は午後7時、ご近所さんに電話をいれて「明日のプラゴミ、瓶缶の資源ゴミを玄関前に置いといてください。ぼくがゴミ集積所まで持って行きますから」と。で、15分後にそれらのゴミを回収して少し離れた集積所へ、我が家のゴミと併せて運ぶ。総計10分弱の”労働”だ。その際、小枝や落葉が境内にだらしなく落ちているのを見ると、これらを拾い集めて、裏山に捨てに行く。これだって10分仕事なのだが、リビングに戻ったらもう校正に向かう気力はついえていた。壮健(と知性?)を売りにしている武井壮とかなかやまきんに君には絶対理解できないだろうな。一般のひとであっても、私の心神耗弱ぶりはわからないかもしれない。しかし今、犯罪をおかしたとしても無罪にはならないだろうな(苦笑)。
そう言えば、mixi日記をおやすみした日の夕方は、久しぶりにクルマを手洗いしたのだった。30分かそこらの作業だったが、これが妙に後を引いて、その夜、図書館から借りたエッセイ集を開くも、2ページくらい読んだところでやめてしまった。
老いもだんだんと忍び寄る。
自分より5歳10歳上の世代の、古くから愛読しているブログを見ていても、ここ最近、介助なしでの生活が出来なくなったかたや、いつの間にか亡くなっていたかたもいる。いずれのかたたちも私よりタフだった。
前向きにしてくれるサプリがないものだろうか、違法薬物ではなくて。
今度、病院にかかりつけ医に診察してもらう時、マジで相談しようか。
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