10月21日月曜日。
ラズリのいない一週間が始まった。
雨が降りかかるように、山崎まさよしのヒット曲「One more time one more chance」の歌詞が落ちてくる。
♪いつでも捜しているよ どっかに君の姿を
♪こんなとこにいるはずもないのに
♪いつでも捜しているよ どっかに君の破片を
♪欲しいものなど もう何もない 君のほかに大切なものなど
何人かの犬友だちにラズリの死を知らせるメールを送ると、瞬間、気が楽になった。
システム手帳に、プリクラのようなちっちゃい写真を貼って、家の中でも持ち歩いたりしている。
手帳に一日のことを手短に綴ってみたり、記憶に留めたい新聞記事を貼ったりしてると、なんだか楽しい。字を書いている間、丁寧な生活をしているというわずかながらの自彊心が湧いて、生のエネルギーを取り戻しているような気にもなる。
世の中は、喧噪と悪意でうっとうしく、静かな気持ちを保つのが難しい。
立ち向かう気がなければ、逃げるしかない。
昨日、図書館に行く途中で小さなギャラリーに寄った。そばを通った際にちらっと横目で見たら、油絵の具を原色のままに使う鮮やかな絵が目に心地よかったので、入ってみた。鎌倉市在住の川端祥之という画家で、介護の仕事をしながら絵を描いているとのこと。客が私一人だったので、15分ほど話し込んでしまった。
彼に根掘り葉掘り質問していたので、自己紹介するのがおあいこだしスジだと思い、しかしどうせわかってもらえないという諦観を押し殺して、自分の大事な信条を話した。
彼が詩人に興味を持ったと(おべんちゃらだろうが)言うので、帰宅後、詩人の詩をメール添付で送ったら、すぐに返信が届き、とても興味を抱いてもらえたようなので、嬉しかった。
先々週、「折々のことば」でカフカの断片集から、虚栄心の醜悪さと、他人に無用な押しつけをする愚を説く一面コラムがあって、人格を保つためには細心の注意が必要であることをあらためて感じた。が、あまりに縛られすぎると、身動きがとれなくなる。中庸って難しいもんだ。
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