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2024年10月02日20:19

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老人になると格差が拡大する

 10月2日水曜日。
 朝食後、銀杏を鎌倉在住の元先輩編集者宅へ持参するべくクルマに乗り込んだ。相変わらず134号線は渋滞。昼間の運転は時間がいたずらに過ぎるので精神衛生上よろしくない。
 銀杏をお渡しして七里ヶ浜から裏道を抜けて手広、鎌倉旧市街へとクルマを走らせた。
 帰宅後、校正。マンネリ生活に彩りを添えたい。一週間くらいのレンジで旅に出たい。しかし締め切りがあるので難しい。 
 午後3時、うちから徒歩7分程度の知人宅へ銀杏をお持ちする。話が医療費に及び、そこで初めて知人が後期高齢者となって1割負担だと知った。自分が75歳になる頃は負担率が上がっていることだろう。
 75歳、ご健康そうに見える。
 60歳を過ぎたあたりから人は大きく差がつく。
 高校3年時の「体力測定」で、1500メートル走のタイムは5分30秒くらいだった。タイムがトップの男は卒業後も交遊があるのだが、4分40秒だった。そして、もっともひ弱な同級生は7分をちょっと超えていた。
 一周250メートルのトラックで、私はなんとか彼に抜かれることなくゴールした。ドベの男は彼に2周の周回遅れにされたはずだ。
 が、今思うと、トップと最後尾の差は3割ちょっと。
 若い頃の差というのは小さい。そして、成人となって以降、どんどんとその差は開いていくものだ。
 70歳を迎えた人を思い浮かべる。フルマラソンを走ることができる人から、杖がないと歩けない人、そして既に亡くなってしまった人も結構な人数に上る。42キロはともかく、たとえば10キロを走る(歩く)というタイムトライアルをすると、50分で完走する人から2時間かけて歩いてようやく到達する人まで、幅が広くなっているはずだ。高校の1.5倍差が2.4倍差に拡大する、という計算だ。たぶん実際の運動能力は、これ以上に差がついているはずだ。体力然り、気力然り。そしてたとえば幸福度合いとか総収入とかの差となると、もっともっと大きい。
 帰り道、こんな想いを抱きながら、ひ弱だけどフツーに暮らす力があって助かったぁ、と自分を笑ってた。
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