昨夜、晩ごはんが終わったタイミングで、1年半ほど連絡が途絶えていた作家から電話があって、1時間近く彼女から話を聞いていた。私に冒頭400枚分の原稿を送ってきた大作がその後ぱたっと書けなくなったり大病を患ったり、という私生活の話題とは別に、私がよく知っているもう一人の女性作家と長時間、電話で語り合ったことなど、ほぼ一方的にうかがっている状態だった。78歳の引きこもり生活だから孤独、というわけではない。思うように書けないご自身の無力感や閉塞感は、真の孤独だと思う。
鬼気迫るような文学に対する彼女の情熱に打たれた。私がここまで他人に熱く語れるものってあるだろうか(ありません)。彼女は自分の先祖、知人、友人への思い入れというのも強く、これについても黙ってお話を聞きながら、自分のいい加減さを知らされる思いだった。
もう一人の女性作家についても、私は自分のいい加減さを思い知らされている。同じく1年半くらい前に、私はこのひとからいきなり電話をもらって、その数日後、著書が送られてきた。あとがきに「この本が私の最後となります」というようなことが記された後に、これまでご助力をいただいた次のかたには特に名を挙げてお礼申し上げます、と。そこには私の名前があった。いったいこの私がどんな力になったと言うのか。
献本に対する礼状、というよりもむしろお誘いのハガキをすぐに書き送った。ご自宅近くまでうかがいますから、一度ランチでもいたしましょう、と誘ってみたのだが、「どうかご勘弁くださいませ。外を出歩く気がまったくないのです」と断られた。
それっきりになって今日に至っている。
電話を切ったあと、ご勘弁くださいの老作家に慌てて一筆を一気にしたため、郵便局へ出しに行った。午後9時半のことである。既に「わたくし商店」はシャッターを下ろしているので、予定外のエネルギー出費(笑)。自宅に戻ってすぐにシャワーを浴びたのだが、足元が揺れている。それくらい疲れ切ってしまった。
明けて18日木曜日。
今日はいいことないかな?
……なんて「コジキ」みたいな言い回しになったが、幸運があった!
(コジキは乞食の意ではない。いじましくて浅ましい人間を指す。例えばアオキからリベートまがいのお金を受け取った五輪関係者とか、議員落選中に統一教会べったりだった萩生田とかを指す)
午後2時、銀行へお金を下ろしに向かったら、通りがかりの生涯学習センター前に「鎌倉市遺跡調査速報展」という立て看板があったので入ってみた。地下ギャラリーへの階段を降りる時点で、1年前、うちからすぐ近くの建て替え工事で調査が入っていたのを毎日のように見ていたため、そこから出土した遺物が展示されているかもしれん、などと想った。
地下ギャラリーに入ってみたら、予想どおり、その建て替え現場から発掘された遺物がたくさん並んでいたのだった。
「調査時点は鎌倉市大町一丁目○○○○番。小町大路の西側に面します。調査では鎌倉時代後期の生活面が良好な状態で出土しています。当時はこの付近に滑川の荷揚場があったので、物流の拠点でした」などと説明書きがあって、陶磁器が多数並べられていた。
かつては鎌倉随一の繁華街で、商店や倉庫が並んでいた。いまだに古い地名が残っていて、米町だとか、いちばんの海寄りは材木座とか、昔むかしからの鎌倉だった。だから今でも、この町一帯を1メートルくらいべりっと剝がしてみたら、鎌倉から室町時代あたりの物がどどっと出てくるはずだ。
出土品に見とれてタイプスリップ出来た。よかったよかった。
ただひとつ、笑い話も。私が遺物に見とれている間じゅう、70歳超とおぼしきおじいさんが遺跡発掘担当者に、まるで講釈を垂れるがごとくいろいろと喋り続けている。声が大きいのでうるさい。こういうジジイはどこでも見られる。自分がひとかどの教養人であることを顕示したい性格である。生半可な知識があるばかりに、何か言いたいのであろう。が、雑学程度の知識を滔々と披瀝している姿というのはかっこ悪い。自説を述べて聞き手をぎゃふんと言わせるのもかっこ悪い。淋しい人というのは彼のような老人である。
遺跡というか遺物を満足いくまで見たあと、図書館まで足を伸ばし、1時間ほど冷房の中にて避暑。借りたい本が見つかったのだけど、それより先に読むべき本が昨夜の一件でどどっと出てきたこともあって、止めておいた。借金と同様、際限なく借り続けるというのは止めたほうがいい(笑)。
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