昨夜23時頃からハードカバー・小野寺史宜の『夜の側に立つ』を読み、午前1時に122ページの地点で本を閉じた。高校時代の仲間だった5人の男女を主人公に、10代、20代、40歳の時間軸を一見アト・ランダムに抽出し、中年の扉の前に立った「青春群像」を描くという内容で、4月に読んだ燃え殻氏の『ボクたちはみんな大人になれなかった』と似た構成であることに驚く。とともに、これは自分の嗜好自体に合致していることと、自身の転落願望を小説で読ませてくれる自虐的な哀しみがあって、惹かれた。
25時、薬を一粒服んでベッドに入った。
しかし、午前3時半に目覚めてしまう。たぶん30分くらい考え事をしているうちに二度寝できた。
7時に目が覚めた。睡眠時間は5時間くらいか。
午前11時に三浦半島の突端にある墓地着、というスケジュールが入っているので、やむなく起き出した。睡眠不足で普段でも血の巡りが悪い頭が尚更、悪い。
身体を動かす目的で、室内を掃き掃除をしたり、ラズリにちょっかいを出したり、植物に水やりをしたり。珈琲も2杯飮んだ。が、新聞の字を追うのが億劫なほど、ぼんやりしている。
午前9時20分、クルマに乗り込む。三浦半島の道路は平日でも結構渋滞している箇所があって、本来なら1時間弱で着けるのに、その倍近くを要することもある。
予想どおり、11時10分前に着いた。家を出るとき、マイボトルに入れておいた珈琲を二口ほど飲んで、友人だったカメラマンの墓に行く。
奥さんはまだ来ていなかった。水場に用意されている桶に水を満たし、ブラシも借りて墓の前に立つ。丁寧に墓石を洗った。そして長い時間、手を合わせた。
スマート・ウォッチを見ると11時20分。おかしいなあ。
やむなく奥さんに電話をしてみると、「ごめんごめん、ホテルで寝過ごしてしまって、まだ京浜急行の車内にいるの」と言われる。
「三崎口からタクシーで駆け込むので、あと30分くらい待って」
そう言われて、三崎口まで迎えに行くよ、と返す体力がなかった。睡眠不足でまだしんどい。
そして30分後、奥さんがようやく来た。三たび、墓に行き、カメラマンにまつわる思い出を語ったり、最期の彼の様子を訊いたりした。
前向きで自由闊達だった彼のことだから、死に向かう病いはいっそうつらかっただろう。私に同じ経験をさせないで、と虫のいいことを墓前に向かってつぶやいた。
奥さんが「ホテルのフロントからの電話で起こされたくらいだから、朝ごはんも食べられなかった」と言うので、それならこの墓地と京浜急行の駅の中間にあるファミレスへ行くことにした。
10数分後、「ガスト」と「ステーキガスト」が同所にある駐車場着。
「ステーキがいい!」と10時間睡眠の奥さんは言う。はいはい、そうしましょ。
私は仕方なく目玉焼きが乗ったハンバーグ、奥さんは100グラムのステーキと鶏ソテー2個というプレートをチョイス。
出版に関する相談事などに答え、話は結構弾んだ。
支払いは私がした。「三崎口まで迎えに行く気力がなかったから」と、その理由を説明した。
このあと、三浦海岸のマンションに住む友人の旅行作家と会うことになっている。
ステーキガストを出る前に電話を入れた。
無事、事故ることもなく奥さんを三浦海岸駅に送ってから、彼と駅前で会った。
旅行作家からへんな誘いを受けた。
「このまま鎌倉まで乗せてもらえない? ドライブしたいんだ。晴れてきたから海もきれいだろうし」
彼はその昔、葉山に住んでいて、現在、クルマは所有していない。
どうせ私は鎌倉に帰る。人を乗せるほうが適度の緊張感があるので、好都合でもある。
2シーターのクルマに男ふたり。
「このクルマは本当にシャレている。もう耄碌していてクルマの運転は無理だし、維持費を考えると金銭面でも難しい。風さんは買った経緯も含めて、ぼくら世代の夢をあっさりと実現したヒーローのよう!」
などとべた褒めされて照れくさい。
私は新潟まで行ってこの中古車を買いそのまま乗って帰ったのだが、そもそもそのプロセスが男のロマンなんだ、などと彼は世間と逆の評価をする。世界最小のオモチャみたいなクルマというのも、彼に言わせれば運転手付きの大型ベンツより上等らしくて(爆)、「この中古車に初乗りでいきなり新潟から帰って来られたのは、風さん、それだけでかなりの実力者かも」などと茶化された。
帰り道はほぼ渋滞がなく、小一時間で鎌倉に着いた。
で、彼を見送って帰宅。
家に帰ると、手紙が届いていた。これは早々に返信しておくほうがいいな。返事を一日延ばしにするごとに文章量を増やさないといけなくなる類いの手紙だ。
運転疲れと睡眠不足の二重苦ゆえか、さっさとペンが動いた。
書き終わって投函しに行く。肩の荷が下りた。
今日もつつがなく一日が終わりそうだ。今の私はたいへんなことが起きない一日はいい一日、というヘタレになってしまった。
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