実に情けなくも恥ずかしい。
昨日、Amazonから返品リクエストが届いた。話は先週金曜日に遡る。
Amazonで5月の初め、格安のUSBメモリーを注文した。ノーブランドで、どうやら中国製らしい。それがようやく国際郵便で届いたのが金曜日だった。
音楽ファイルをコピペしようとすると、容量が足りないのでできない、というつれない指示が出た。おかしいな、8ギガのメモリーで100曲1ギガ程度のファイルを保存できないわけがない。
一度、そのメモリーを初期化し、ふたたび試みるもダメ。さらに別の方法で初期化しても相変わらず容量不足という指示が画面に出る。
これはメモリーが壊れている。そう確信した私はAmazonの注文履歴に「届いたUSBは最初から破損してます」と書き送ったら、土曜日に中国の業者から「返金します」とだけ返事があった。
それで納得し、この件は忘れることにした。
で、昨日の日曜日、Amazonから返品リクエストがあったので、「これをどうやって返品すればいいのか」と思いつつ、あらためてUSBメモリーを見たら、8ギガではなく8メガだとある。ええええ、今時8メガなんてメモリーが売っている? 20年前の話ならわかるが、8メガ?
しかし、8ギガだとはなから早とちりしたのはこの私だ。
どうしよう。このまま知らんぷりを決め込んでおくのが賢明か。
夜11時、Amazon経由でお詫び文を書いた。
「USBメモリーは壊れていませんでした。ここに謝罪します。
返金措置をとるということでしたが、今からでも中止してください。もし既に返金されているのであれば、私は再支払いをしたいと思います。
私は8ギガのメモリーを買ったつもりでした。しかし8メガの読み違えでした。
申し訳ありません」
こういう迂闊なことをやってしまう年齢になったのね。
ひどく落ち込んだものの、その後は体当たりで謝罪したことで、幾分気持ちは和らいだ。
今日から6月。なんだなんだ、1年の半分が過ぎるのも時間の問題か。
昼から寺のお堂で例大祭がある。コロナの蔓延以降、中止になったり、参加できても檀信徒さんは数人という状態になった。
今朝、お坊さんに今日はあるのかどうかを尋ねてみたら、「臨機応変に対応しようと思います」
午後2時、読経が聞こえてきたので、行ってみた。
引き戸全開の堂内には3人の参加者がいるようだ。
私はお堂の縁側に座ることにした。木の床の上に正座し、うつむいて唱和することなく読経を聞き、ご祈祷も受けた。
途中、手を床に付けていたものだから蟻が手と腕に這い上がってきて、こそばゆい。蟻を殺す気はないので、息を吹きかけて飛ばした。
脚がしびれてきた。縁側に正座をしていると、かつての被差別民、エタ非人や箕直し(サンカ)が受けてきた仕打ちを思い出す。彼ら彼女らは、簡単な食事を供されても決して家の中に入らず、玄関脇で食べたと言う。これに限らず、江戸時代より前、農民だって似たようなもので、武士の一団が通ると頭を地につけて過ぎるのを待ったと言われている。時代劇で名だたる領主や武家一族を崇め、いかなる傑出者であったかと現代人に感動を生むストーリー仕立てが一般的であるが、虚偽とは言えないものの真実ではない。
例大祭が終わって、ご講話が始まった。
仏典(この場合法華経)には6万字がある。その1字1字は仏様のお姿だと言われている。日々、目にされるのがよろしいかと存じます、と言われ、まあその通りだろうと得心した。私は無神論に身を置きつつ、常に仏や神のことを少しだけ念頭に置くというスタンスなので、これからもつかず離れずにいようと思う。
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