昨日は晩ごはんが終わってすぐ、iMacのある部屋に行って、翻刻の続きを始めた。20分くらい経った頃、こんな遅い時間なのに宅急便が届いた。
先週、銀杏を送った元会社の先輩(の奥様)が銀杏の返礼にとのことで、京都の栗菓子が入っていた。栗を甘く煮た、一見すると甘納豆のような姿だった。私のためにわざわざ通販で取ったらしい。こうして海老で鯛を釣ってしまうと、感謝よりもむしろ申し訳ない気になる。数カ月後にこちらも実力をつけて美味しい物でも見つけて送ろう。
午後8時半、日曜日の朝日新聞に折り込まれている別刷り「GLOBE」を持って入浴。浴槽に浸かって新聞を読むのは至福の時間だ。このグローブは同社の「AERA」と較べても内容が3倍方充実していて、読み応え十分。
17面にチェンライ(タイ)が1ページを使って紹介されていた。2018年の6月、大雨によって洞窟内にサッカー少年とコーチ13人が閉じ込められ、世界各国の有志が救助に向かい、無事保護された、というのが所謂「チェンライの奇跡」。記事を読み進んでいくと、かつては麻薬の「黄金の三角地帯」とか「ラフ族の村」が紹介されている。
洞窟から車で20分にあるメーサイが出てきた。この町で3日過ごしたことをなつかしく思い出す。ミャンマーと国境を接するタイ最北端の町で、ただ国境越えがしたいだけの目的でミャンマーに渡って7時間ほどだらだら歩いた(ワンデービザ)。
2012年だから、かれこれ8年が経ってしまった。次はどこに行こう、なんて当時は考えていたのだが、もうパスポートは切れている。コロナで一定の決着が見えたところで、せめて隣国の韓国には行ってみたいなぁ、と思う。来年の今頃、どういう生活基準になっているのか、まだまったく見通せない。ヨーロッパとアメリカの感染状況を仄聞するに、世界は縮小と拡散方向へと向かうのだろうか。今日、小田急も終電を繰り上げるという報道があったが、行動自体を控えるベクトルは、少なくとも戰後75年ではなかったはずだ。もっともネット時代の到来以降、著しく活動領域が狭まって、悪く言えば横着になった。仕事も人間関係も、あるいは知的営為に於いても、粗雑と形容できそうな省略形がスタンダードになった。自身がそもそも横着で粗雑な性格ゆえ、社会全体がそうなってしまうと、同族嫌悪が募ってしまう。
今日はマジで何も書くことなし。午前中、隣町まで原付で行って大型スーパーで買い物をし、そのついででブックオフに立ち寄って、買いたい文庫が一冊見つかったところで気持ち的に「タイムオーバー」となって帰った。
帰宅したら先日注文した鎌倉の洋菓子店から納品&振込書が届いていたので、郵便局に行って送金。千円札がきれいさっぱりなくなったので、銀行に寄って8千円を下ろした。
あとはずっと翻刻。夕刻、ラズリの散歩。
こんな自分でいいのだろうか、と思わないでもない。
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