mixiユーザー(id:6486105)

2020年07月15日17:39

82 view

反知性主義とウソ八百の国家体制

 甲府から自宅に戻る特急あずさの車中で、萩生田文科大臣の「失言」記事をちらっとだけiPhoneで読んだ。
 そこには、北海道白老町に開業するアイヌ文化の発信拠点「民族共生象徴空間」(愛称ウポポイ)に触れて、<かつて原住民と新しく開拓される皆さんの間で、様々な価値観の違いがきっとあったと思う。それを差別という言葉でひとくくりにすることが、後世にアイヌ文化を伝承するためにいいかどうかは、ちょっと私は考えるところがある>と書かれていた。
「原住民」ってあんた、どういう言葉の使い方をしてるんだ。「ファック ユー」(あまりに下品な4文字言葉なので敢えて英語に置き換え)、「キチガイ」と同様、公の場で口にしてはいけない言葉だ。先住民、ないし先住民族と括るべきで、この言葉自体が差別用語である。さらに「それを差別という言葉でひとくくりにする」云々については、意見の相違であるので批判はしないが、この男の読んで来た本や交友関係が如実に表れた舌禍だと私は思った。しかしその後、問題視されることはなかった。反知性主義がまかり通る政府と世論に対して、私自身、傷つくとともに、不信感しかない。
 こんなことを取り上げたのは、そもそも政府と東京都のコントロール下にあるコロナ感染報道が、どうにも信用できないのだ。
 たとえば感染者数だ。
 アメリカ 336万人
 ブラジル 188万人
 インド  91万人
 ロシア  74万人
 メキシコ 30万人
 英国   29万人
 スペイン 26万人
 イタリア 24万人
 中国   9万人
 フィリピン6万人
(今日の朝日新聞に載っていた数字を万の単位で四捨五入)
 で、日本はこれまでの陽性者数が計2万3千3百人だ。ちなみにアメリカでは昨日だけで6万人の感染者が見つかった。たった一日で日本の3倍近くが感染していることになる。
 学生時代、講談社のブルーバックス新書『統計でウソをつく法』がヒットし、統計学の講座を取っている学生はたいてい読んでいたのだが、統計というのはいくらでも改竄できる「フィクション」で、いかに正確に把握するのかはひとえに統計をとる主体に依拠するものであることを思い知らされた。
 何日か前、新宿のシアターモリエールという劇場空間でクラスターが生じた(らしい)。今朝、ちょっとだけニュース系番組を見ていたら、劇場側から「すぐにPCR検査を受けてください」と連絡があった観客が慌てて保健所に電話をしたら、「まだあなたは検査可能期間じゃないのでそのまま自宅にいてください」と断わられたという。なんのこっちゃ?
 日本の検査数は異様に少ない。以前から指摘されてきている。
 また世界でも医療体制が最上位にある、などとたびたび言われながら、アメリカならわずか半日分の感染者を診察、検査、入院させることさえできないくらいに病院は逼迫している。較べちゃ失礼であるが、シンガポールや韓国以下の病床数でしかないのではないか。半年足らずでわずか2万人強の陽性者数なのに医療崩壊寸前、なんて報道が毎日なされているのだ。誰も疑問なく、受け取っている。この程度の感染者数で医療体制が限界だというのは、日本という国自体の敗北ではないだろうか?
 萩生田発言やコロナ感染対策を見ていると、この国の知性の貧困さを突き付けられたような物悲しさを覚える。かつては世界でナンバーワンの国家だと(事実かどうかは別にして)国民は誇りを持っていたんだもの。
 さっき、森友問題の書類改竄で精神を病んで自殺した元職員のニュースがテレビで流れていたのだが、太平洋戦争が終わった1945年8月15日から陸軍海軍が最初にやったことが書類を燃やして証拠隠滅を図ることだった。
 これはのちのち……問題にならなかった。国民も許した。否、戦争の総括自体、政府も世論も拒んだのだ。事実は伏せよう、まずは国家ありきだ。それがこんにちのルーズさと国家主義に繋がっている。

 今日は作家に手紙を書き、昭和の初期の詩を研究している人に長いメールを書き(なんかあったら私は頼りにしたいのだ)、2時間ほど撮影してきた資料読みをした。
 たったこれだけで日が暮れそうだ。
 ああ、だんだんとのろまになってきたので、一日が27時間くらい欲しいなぁとせつに思う。
5 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2020年07月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031