加入している保険会社から入院と手術で下りた補償金通知が届いた。もし個室に入っていなかったらほんの少し「病気になって金を稼いだ」ということになる。これはそもそも高額医療費に対して限度額適用制度があるから、逆転現象が起きたわけで、もしこの制度がなかったら軽自動車一台買えるくらいの診療費を払わなくてはいけなかった。
高齢者人口比率が今後極端に高まることは確実で、健康保険や年金は「百年安心」制度なんだろうか? いまの社会福祉制度がこの先も続く、とも思えない。
大阪で大学時代の友人2人と会った。ひとりは途中で帰った。彼は母親を介護している。串カツ屋に向かう途中、母親から彼のケータイに電話がかかってきて、「晩ご飯はまだか?」と。彼が用意していた食事を早めに食べてしまい、そのことを忘れて催促の電話をしたようだ。
神戸の三宮で、三浦半島の突端に住んでいる旅行作家と20分ほど会った。私は松江の旅から戻り、彼は松江の実家に暮らしている父が脳梗塞で倒れたために急遽帰らざるを得ない事態に陥ったのだった。話を聞くと、ふたたび実家に戻って生活するのは困難らしくて施設に行かざるを得ない状況らしい。
親が存命の場合、こんな話ばっか聞く。いまはまだ安価で施設に入ることができるし、空きが多少ともあるからいいようなものの、団塊の世代(1947〜1952あたり?)が全員70数歳を超える時代に突入すると、二進も三進もいかないのではないか? 私はその下の世代だが、高福祉の恩恵を受けることはほぼほぼ無理、とシミュレーションしている。そんな歳まで生きていない気もしているので、深刻には考えていない。
朝、一本だけ仕事のメールを書いて送り、旅行で撮った写真を外付けHDDにコピーした。へたくそな写真ばかりだった。持って行ったのはそこそこに評判がいいパナソニックのミラーレス一眼なのだが、iPhoneのほうが綺麗に撮れている(笑)。
午後イチ、隣町のブックオフとスーパーへ。ブックオフの100円新書棚で、図書館でチラ読みしていた坂口恭平の『現実脱出論』があって、一応手に取ってみたら著者サイン本だった。墨と筆で書いたサインに篆刻印を押していて、薄紙まで付いていた。買ってあげよう! 100円棚にサイン本があるなんて寂しいじゃないか。
スーパーで北海道産のお米を買って帰宅。
旅の疲れで数日は動けないかも、と思っていたのだが、意外に元気だったのが嬉しかった。
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