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2018年04月17日21:23

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皇后さま「日本の宝失った」

 昨日の朝日・朝刊社会面の隅に、「石牟礼道子さん 1000人悼む」という見出しがあった。サブには「皇后さま『日本の宝失った』と打たれていた。
 
<遺影を見つめ、白い花一輪を捧げて深く一礼した。長男の道生さんに「慈しみのお心が深い方でした。日本の宝を失いました」と声をかけたという>

 慈しみの心が深い、というのは天皇・皇后だ、と言葉を返したくなる。私は訳あって天皇陛下、皇后陛下という敬称を使わないよう努めているのだが、平成以降、その頑なさは間違っているようだと考えをあらためている。与党野党を含む政治家や公僕たる公務員、さらには国民全般に至るまで、人を慈しんだら損をするとでも言うかのように、人間愛が乏しい昨今、この記事を読んで安堵できた心境をここにメモライズしておきたい。
 自分が中学、高校と進むにつれて左翼化していった要因のひとつは水俣病だった。10歳の頃には一丁前に新聞を読んでいたのだが、1960年代半ばは風土病だと見なす説や貧困説が政府や東大医学部を中心とする医学界の主流だった。テレビのニュースで時たま流れる「びっこ」や「寝たきり」の風土病患者は、小学生にはただただ恐ろしい姿だった。中学生になると、水俣病はチッソという何やら政府の肝いり会社が垂れ流す有機水銀が含まれた汚水によるものだ、という反政府的な医師や良心的活動家の見解が広く知られるようになる。この頃は水俣に限らず、日本中のあちらこちらで公害が顕著化し、なぜだか日本政府はまるで意地を張っているかのように、水俣病を含む公害告発者と争っていた。
 水俣病を同時進行形で見ていると、おおよその自分未来形がわかってくる。
 ぼくは醜いおとなにだけはなるまい。
 で、私は意図して「アダルトチルドレン」になった(本来の意味ではありません)。
 もう少しまともな政府だったら……、と恨み言のひとつでもいいたくなる。だから遅きに失したとは言え、皇后の石牟礼道子さんに対するお言葉は救いになった。ある種、驚きでもあった。石牟礼さんと交流があって日本の宝だったとさえ思っていらっしゃる、ということに。
 
 おとなになると、よほどの人格者という例外を除いて醜くなる。
 で、要は醜さの程度が重要になってくる。
 どうにかしてでも守らなければいけないことは、ミスしたあとの謝罪(反省)と誠意だ。このことを身に沁みて知ったのは社会人になって5年10年と過ぎた頃で、ミスしたことは仕方ない、それを自分がどう受け止めて反省するかが大事だと分かってきた。逆に言うと、失敗したって仕方ないと悟った。世間というのは存外甘いもので、素直な気持ちで謝ったらたいていのことは済む。
 自分勝手な社会観と倫理観なのかもしれないのだが、この間の国会答弁や文書書き換え問題などを見ていると、嘘をつくことが社会的な「一手」として大のおとなが使っていいものになっている。社会人になって教えられたことと真逆な奇手だ。
 ああ、レゾンデートルが揺れる。
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