mixiユーザー(id:6486105)

2017年11月03日17:20

126 view

落ち葉の儚さと美しさ

 今朝、ラズリとゆるゆる散歩していると見知った画家と出遭い、昨日から個展をしているので見に来てよと言われたので、早速午後イチに画廊を訪ねた。
 抽象画なので、自分の眼に映った印象を現実の具象として自由に捉えられる。画家が在廊していたので、一枚の絵を前に「場所はガンジス川の畔だ。死体を焼いていて煙がたなびいている……」と語り、慌てて「猟奇的な犯罪が起こったばかりなので、このイマジネーションが犯罪的に受け取られるのも困るんだけど」と言い訳をする。絵を1分以上にわたって凝視していると、藤原新也が写して語った「人間は犬に食われるほど自由だ」という『全東洋街道』の写真を連想したのだが、いまの時代、犯罪の匂いがする印象論が語りにくくなってきた。反革命的な犯罪者と、健全性を錦の御旗に掲げる世論のせいだ。黒い炎が空に向かっているような抽象画と真剣に対峙して、当たり障りのない感想を述べたって面白くもなんともないじゃないか。
 画廊を出る頃には、絵を描きたくなってきた。
 うちのエリアは人間より樹木のほうが100倍多いようなところで、しかもその9割は落葉樹だからこの時期、落ち葉の数が半端じゃない。ときどき、落ち葉を拾い上げて、命が尽きた葉っぱを見ることがあるのだが、同じ葉っぱは一枚としてない。落ち葉を手に取って観察する時間はナマの絵を観るのと同じかそれ以上に贅沢な時間だ。自然が造り給うた生物というのは、植物でも昆虫でも鳥でも犬猫でも見れば見るほど美しい。個人的には、葉脈ほど精緻な造詣はない、と思っている。
 自宅にはちょうど私と同じ年齢くらいの太い欅があって、2週間くらい前から葉がおち始めた。狭い庭は掃いても掃いても落ち葉が堆積している。20枚か30枚くらい手で掴んで、木の床に置いてみた。絵心がイマイチないので上手く配置出来ていないが、カメラ目線で眺めてみたら、この季節のさびれ感が出ているように思えた。
4 2

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年11月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930