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2017年06月19日21:42

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凹んだり、感動したり、怒ったり

 土曜日の夜、湘南新宿ラインの下り電車の車中でA4大のノート用紙12枚に及ぶ長い感想文を読んだ。この日詩人のご長男宅におじゃまをし、寿司屋で豪華なランチをいただいたあと、ご自宅で詩人にまつわる私信などを読ませてもらった。歓談は長い時間続き、途中、奥様からケーキやサクランボを出していただいた。今年初めての佐藤錦だ。そして午後6時を回ったところでエコバッグいっぱいの資料とクッキーなどをもらってお宅をあとにしたのだが、この時点で「感想文」の中身のすごさは分かっていた。わずか1分ほど斜め読みしたくらいで、感想を寄せたかたの教養、生真面目さ、さらには詩人に対する畏敬の念の深さが読み取れる内容で、内心、私は羞恥を覚えていた。私は詩人の生涯をそれなりにまとめて読み物にしたが、この感想文を書いた無名のかたと較べて真摯さが欠けていたのではないか。詩人と向きあう力が足りないのではないか? 
 感想文の字数はざっと見たところ、原稿用紙換算40枚弱。ところどころ旧字旧かな、という文章から、大正時代か昭和一桁に小学校というご年齢だ。ご長男からは、さらっと「既に鬼籍に入られてます」と言われてコピーを渡された。
 詩人が詩の中で「雲」のことを書いている。そこに触れて感想文には次のような言及があった。
<ヘルマン・ヘッセの青年時代の処女作『ペーター・カーメンチンド』の中に雲について語った言葉があるが"私ほど雲を愛し、又雲の心を知っているものがあるとしたら、その人を教えてもらいたいーー”といふのがあり、私はそれえを二十才のとき最北満の戦地においてこれを読み非常に感動し、私もヘッセに劣らぬ者だと自認し、我が思ひをゆく雲に託し、故国を偲び歌ったものであるが……(後略)>というような自分語りのあとに、雲についての持論を書かれている。
 いきなり寺田寅彦の話になったり、仏教論が出て来たりで、脈絡はない。にもかかわらず、このかたには詩人の突拍子のなさに通ずる無垢な感性が見てとれて、しかも全身全霊で詩人の生に賛辞を送り続ける。その姿勢は端正という他ない。自分はこのかたよりもずいぶんと薄汚れている。それよりなにより、詩人のよき理解者になり得ていないのではないか、という懐疑心を抱きながら、この長い感想文を車内で読み耽っていたのだった。
 人間、なめたらアカン。
 本にまとめる前に、この感想文を読まなくてよかったとも思う。小賢しい私のことだから、盗作には該当しない巧みな援用をしていたかもしれない。
 ネットでの情報や論は基本的に使わない。使用するのはアナログの第一次資料と取材だけ、と自分に課したのは、詩人ではない人間が束の間詩人になるための縛りだった。都会人が原始人になるための方法だった。
 真実なんて世の中にない。が、少しでもそれに近づくために努力をする、というのが人間本来のあり方ではないか。

 日曜日の朝、前日の疲れがとれず、新聞を広げてもさっぱり頭に入ってこない。
 目が覚めた契機は、読書欄の「悩んで読むか 読んで悩むか」に掲載されていた石田純一のコラムだ。週替わりの執筆陣なので、月に1回だけ、石田の番が回ってくる。
 50歳を過ぎた女性が、いまなお人生で一番好きだった人に告白しなかったことを後悔している、このまま言わないで死んでしまっていいのか、と悩んでいるという相談に石田が回答するという内容だ。
 いきなり、「僕も小学校3年から11年間思い続けた女性と、52歳で再会した経験があります」と石田は書き、30年経ったのちに彼女が目の前に現れたら昔のままに魅力的で、はっとしました、なんて書いている。石田純一って人間もいいけど、話術も上手い。
 で、石田は紫式部の『源氏物語』が相談者さんの背中を押してくれるのではないか、と応えて、すべてを読むのは大変でしょうから歌人小島ゆかりさんの解説書『和歌で楽しむ源氏物語』はどうでしょう、などとアドバイスを送っている。さらにトルストイの『戦争と平和』も愛の本質を突いた作品であるから、と一読を勧めている。
 テレビでは見せることのない石田の読書論や人生論は、これまでどれをとっても秀逸で、人間性の豊かさや優しさがにじみ出る。しかし、マスコミや世論というのは見立てがステレオタイプに過ぎて、石田をただの女っ足らしで軽薄でサヨク、という「スティグマ」を崩さない。それはそれで私は石田純一じゃないからいいのだが、人間の一面だけをなめて見ていたらいずれ大怪我をするか、馬鹿のまま死ぬかになっちゃうぞ、と私は秘かに自戒しているのだった。世の中には偉いやつがごまんといる。自分は中の下くらい、と思うのが安全策だと思う。

 しかし確実に「中の下」より低い人間もいる。
 今日、安倍が通常国会閉幕を受けて記者会見をしていたが、まだ繰り返し加計学園について馬鹿な持論を展開していた。
「公務員獣医師確保は喫緊の課題だ。時代のニーズに応える規制改革は行政をゆがめるのではなく、ゆがんだ行政を正すものだ」と正当性を強調。先の国会では「先端ライフサイエンスの研究など新たな分野への道を切り拓くべく……」などと強弁していた。
「サヨク」は一定の良識があるので公の場では絶対に触れないが、加計学園が運営するたとえば千葉科学大なんて、ライフサイエンスがどうたらこうたらと謳い文句こそ立派だが、このたびの獣医学部とある意味似た方針の薬学部なんてサイエンス以前に薬剤師試験でさえアップアップの状態で、教員も学生も最先端の勉強が出来ているとはとてもじゃないが思えない。異様に低い偏差値も学問には関係ないとは言え、私はここを出たような人間とはクスリのことで関わりを持ちたくなどない。で。今治に日本でいちばん定員の多い獣医学部が出来たとして、安倍が言うところの「公務員獣医師」がたくさん生まれるか、と考えると、可能性は限りなくゼロだろう。日本で最低偏差値の学生が、6年で授業料や設備費を1500万円以上払って、初任給21万円の公務員を志望するはずもなければ、そもそも公務員試験に合格出来るレベルの学生も超マレであろう。九州の過疎地で全身真っ白い防護服を着て日々、鶏小屋を見て回ったり、北海道の大雪山系で熊や鹿の疫病を地道に調べたりするか? そういう真面目な学生は、そもそもまともな獣医学部に進学するだけの根気と知性が口腔の頃にはあって、偏差値40の大学には進学しない。
 もっとも安倍が総理になって日本を支配出来たのだから、将来は加計学園の獣医学部が日本獣医師会の頂点に立つとも限らない。人間、なめたらアカンか(苦笑)。
 
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