mixiユーザー(id:6486105)

2016年03月17日23:09

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目に見えないし、存在しない。気にかける者もいない。

 謙虚になんてなりたくない。心の痛みがわかる人間でいたいと思うが、常にひとの痛みを感じる繊細な人間にもなりたくない。
 その意味で私の理想形というのはひどく程度が低いもので、およそ真っ当ではない。
 今日、お寺にお邪魔した。ご住職の奥様と長々、お話しさせていただいた。遺影を見ながら心を深く痛めている自分を客観的に見ているもう一人の自分。寺住まいなので、お堂の前を通ってゴミ出しをし、散歩し、街に出る。今なお、お堂を見ると、信じられない思いが湧き上がる。意気消沈することもあれば敬虔な気持ちにもなる。ときどきは亡くなった友人とか両親を想い出して、一礼する。
 昨日採ったワカメは、一日晴れていたのでほぼ干し上がった。
 晩に、豆腐とワカメの味噌汁で試食したら、滋味豊かなものの天然物特有の強い歯応えで、歯を治療中の者としては噛むのがつらい。1年分という量を採ったので、これからも時々は食べてみよう。
 食べ終わる頃、テレビのニュースで清原元選手が警察署から保釈されるライブ映像が長々と映し出していた。テレ朝のニュースだったが、ヘリコプターから警察署および清原が乗ったとされるクルマを鳥瞰している。クルマの後ろを、テレビ局から手配されたバイク6〜7台が追尾している。アナウンサーは覚醒剤中毒と糖尿病の治療のため、病院に入院するもようだ、と言う。ストレスを抱えきれず麻薬に手を染めた、という弱い人間になおも圧迫する姿勢は集団ヒステリーであり暴力的リンチだとしか言い様がない。私はたびたび自分のことを底意地が悪いと書いているのだが、それは自分を底意地が悪いと認めた上で、俺より世間一般の善良なる(ふりをしている)人のほうが遙かにひとでなしだ、と見放しているのだ。
 これは昨日生存が確認された安田純平さんに対しても同じだ。
>古市憲寿(社会学者)「自己責任とはいえ、日本政府もなんとかしてほしいですね」
 なにが自己責任だ。
 シリアに行く力もないくせに。
 テレビ視聴者におもねる力だけは一人前だ。
 
「こんにちは。私はジュンペイ・ヤスダです。そして今日は3月16日、私の誕生日です。
 彼らに自由に話しても良いと言われ、メッセージを送ることができます。
 私は妻、父、母、きょうだいを愛しています。いつもあなたたちのことを考えています。あなたを抱きしめたい、あなたと話がしたい。しかしもうできない。私が言えることは、どうか体に気をつけてください。
 42年間の私の人生は、おおむね良かったです。特にこの8年間は幸せでした。
 私は、私の国に対して言わなくてはならないことがあります。
 どこであれ暗い部屋に座り、痛みに苦しんでいても、そこには誰もいない。答える者も、反応する者もいない。目に見えないし、存在しない。気にかける者もいない。」

 最後の2行はすぐれた遺言に見られる「抽象的心象の言語化」であり、日本国への警告であり、置かれた立場に身を委ねざるを得ない絶望である。いや、絶望ではないな。拘束された自分自身と拘束したヌスラ戦線をともに正面から受け容れて淡々としているようにも思える。
 こういう人間を私は非難したくない。
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