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2016年01月02日20:11

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僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ

 本日は午後2時からお寺で大祭。毎月朔日にある例大祭と内容に相違ないものの、年が改まっての「禊ぎ」的な意味合いを毎年感じる。禊ぎと書いたら、汚職でしばらく謹慎していた政治家がぬけぬけと「禊ぎは終わった」と言って公職復帰するイメージだが、もちろんそれとは違う。年頭の節目にあたって、不心得者である私であってもせめてスタート時点では仏様の子としておごそかな気持から出発いたします、というような心づもりだ。三日もしたら忘れるのだが。
 1時間15分ほど本堂で勤行、御札をいただいてうちに戻る。今年もこうして無事に生きていられるのは、運以外のなにものでもない。私のあずかり知らぬ天上の世界が司る運行表にまだ自分が載っているに過ぎない。漱石が亡くなったのは49歳だが、そのあたりからこんな風に人生を思い始めた。
 朝の1時間、夕刻の2時間で辻内智貴の短編集『僕はただ青空の下で人生の話をしたいだけ』を読み終わった。年末ブックオフで偶然、辻内の文庫をみつけて、そういや私がもっとも好ましく思っていた作家だった、と文庫を両手で包み込んでひさしぶりの邂逅を喜んだ。
 期待に応える内容だった。
 読み進みながら、武者小路実篤の『馬鹿一』を現代に蘇らせた人物だ(たぶんに辻内本人)、トルストイの『人はなんで生きるか』とぴったり重なるテーマだと思わずにはいられない。辻内の描く主人公の男は、決まっておひとよしで頼りなくて、しかもとびっきりひとに優しい。
 250ページの短編集の中核をなすのが140ページの「A DAY」という作品で、6章立てになっている。主人公は東京から故郷に戻った50歳代の売れなくて寡作で覇気の乏しい作家、捨て猫とのふたり暮らし。
 作家は、人生、野となれ山となれ、という感が増してきた。強いて言えば帰依に近い。誰に? 宇宙に。
 宇宙に逆らってどうする。
 が、宇宙は。そうそう面倒見がよくない。
 宇宙は「心」を有している。
 人間は宇宙の「心」を排して己だけを愛する利己主義を増やす。
 だから己を虚しくするのがいい、宇宙の「心」=利他心がそのスペースに入ってくるから。
 42ページにこんな作家のひとりごとが書かれていた。
 が、説教臭い小説でもなければ、ストーリーがないわけでもない。私小説なのか完全な創作なのかも判断がつきかねる。
 辻内の小説はどの作品でも感動できるシーンやセリフが随所に出て来る。しかもそれらは涙が流れない程度の哀しみや面白みで、私はやっぱり辻内智貴って平成の「馬鹿一」だって思うのだった。
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