フォルムの実際 ブグロー再現
日本で西洋絵画が美術学校に導入された明治期には、フランスでは既に印象派の時代になっており、日本に導入されたアカデミック絵画は、過去のスタイルとなりつつあった。黒田清輝達は、自分たちの作風を外交派と称し、印象派の流れを汲むかのような印象を持たせていたが、実際に黒田達が学んでいた西洋絵画は、アカデミッ系の絵画だった。黒田達は、フランスにいて、印象派の人気も実感していたが意図的に印象派の画家達との接触を避けていた節がある。後年も、黒田の本音としては、印象派否定派だったのではないかと推察される。現代ですら外交派と印象派を混同している人が多く、明治、大正期の一般の日本人はもとより、当時の知識人が印象派と外光派を混同していると非難するのは酷な話だろうと思う。西洋絵画は、セザンヌやゴッホの認知とともに造形そのものが変化し始め、19世紀のフランスアカデミック絵画と枝分かれしていく。造形が変われば絵が根本的に変わり、絵画は別物となっていく。この流れの変化は、西洋絵画におけるアカデミック絵画の認識すら変えた。だが、歴史に埋没して絶滅したかのように思われた19世紀のアカデミック絵画は、西洋絵画の基礎として、肖像画として、商業的なイラストとして生き残っていく。意外に思われるかも知れないが、商業的なイラストは、19世紀のアカデミック絵画と親和性がある。映画等で使われるマット絵もそうだし、3DCGの描き方も19世紀のアカデミック絵画がベースとなっている。映画やアニメでも、アカデミック絵画の基礎は重視され、現代でも学ばれている。アニメの専門学校では、19世紀のアカデミック教育で使われた西洋絵画的な基礎デッサンがカリキュラムとして組まれている。セザンヌではアニメは難しいのだ。映画もアニメもイラストもそうだが、3D空間を表現する必要がある絵は、どうしても19世紀のアカデミック絵画を学ぶ必要がある。アメリカで具象絵画が非常に盛んな理由の一つに、商業的絵画の隆盛もあるだろう。具象絵画の画家達の中には、イラストレーターとなって仕事を確保していた人達も多かった。
絵画、油彩画もそうだが、どんな描き方でもかまわない、と言うのは事実だ。現代アートも含めて、実際、かなりめちゃくちゃな油絵の具の使い方がされているが、だからと言って否定される訳ではない。そう言う混沌とした現実の状況も踏まえた上で、19世紀のアカデミック絵画の基礎訓練の方向性や考え方を見ていきたい。知っていて使わないのと、知らなくて使えないのでは、やはり結果に大きな差が出てしまうからだ。特に具象系の絵画を目指す人にとっては、19世紀に確立した西洋アカデミック絵画の基礎は重要になるだろう。
デッサンは、フォルムが優先される。大雑把に比率を計測して、デッサン紙に当たりを付け、それを元に大雑把な形を直線で描いていく。フォルムを描くと言っても、細部まで詰める訳ではない。まず、直線で描く事が大事。大きく直線で形を取った後に、その直線を細かくしていく。これは、パソコンでの3DCGの描き方と同じだ。西洋絵画では、調子よりもフォルム、曲線よりも直線が、まず先にくる。大きな曲線で絵を描くのではなく、細かな直線の集合で曲線を描いていく。曲面は曲線で描くと言う日本人の感覚があるが、それが西洋絵画との感覚の違いとなってくる。曲面を曲線で描くのが間違いなのではなく、基本的な考え方の違いによって、西洋絵画になったり日本絵画になったりする。手描きのアニメは線で描くのだが、その分、立体感は重視されない。同じアニメでも3DCGの場合は、線が消えて立体感が強調される。線を生かそうと思えば立体感が犠牲になり、立体を生かそうと思えば線は控えめになる。西洋絵画と日本絵画は、同じ絵画であっても、基本的な描写のアプローチが違っている。西洋絵画でも現代では線も使われ、19世紀のアカデミック絵画が踏襲されていない絵画も存在する。西洋絵画の変化は、日本絵画からの影響もあると言われている。現代の絵画は、かなりハイブリッドが進んでいて、雑種系の絵画でもある。抽象絵画を描くのに、19世紀のアカデミック絵画の基礎訓練が本当に必要かどうかは難しいところだが、この基礎訓練なしでは、レベルの高い具象絵画は描けないので、デッサンの基礎訓練をやっていないと抽象から具象への展開は無理になってしまう。時々、19世紀のアカデミック絵画の基礎訓練を揶揄する言論を展開する人がいるが、その人の描くデッサンは、実際酷いものの場合がほとんどだ。餅は餅屋、本格的に具象絵画を追求している人の描写能力を軽く見ない方が良い。
大雑把に直線で形を取った後は、それを、細かな直線に細分して曲線に変えていく。名人は、一筆で形を取る、と言うイメージを日本人は持つ人が多いが、西洋絵画の基礎訓練では、それは忘れた方が良い。
基本的な形を取った後は、順光部と逆光部(影の部分)との境目をマーキングしていく。この光が当たっている部分と影の部分を分けていく描き方が西洋絵画の基本的な描写法だ。この段階では、まだ細かな調子は描かれていない。日本のデッサンの描き方は、形と調子を同時に描いていく方法が多い。このような描き方が悪い訳ではなく、海外でも、朦朧とした調子の中から形を探っていく描き方をする人はいる。だが、この方法は上級者向きだ。この方法でレベルの高いデッサンを描いていくのは、非常に難しい。形と調子を同時に捉えていく必要があるからだ。初心者は、課題を一つに絞って段階を経て描いていく方がよい。フォルムと調子、どちらが優先するのかと言うとフォルムだ。フォルムがある程度決まらないと調子は決まっていかない。フォルムが決まらないのに調子だけ決る事は無い。フォルムが決まり始めれば調子は自然に決まっていくようになる。
フォルムと調子の他に、もう一つ重要な要素が、コントラストだ。調子を描く前に、大体のコントラストを決めてしまう。大体と言うのは、これは、変化していく要素でもあるからだ。最初にフォルムをある程度決めると言っても、描き進むにつれて修正はどうしても必要になってくるのでフォルムもある程度の振り幅を残しておくのがコツ。ただ、比率の狂い等、根本的な修正が必要になるような課題は、描き始めの段階で処理しておいた方が良いのだ。
整理すると、
まず、構図を決め、
比率を測ってそれをデッサン紙にマークする。
そのマークを元に、直線で大まかな形を取っていく。比率の狂いはここで修正。
大きな直線を細かく分割して曲線に近づけていく。
順光部(直接光が当たっている部分)と逆光部(影の部分)の境目をマーク。
この時点で、ほぼ、デッサンは出来上がっていると言っても良い。
基本的なコントラストを決める。
調子を描き込んでいくと同時に、最初に形を取った直線的な線や、光と影の境目のマークは消えていく。
形を取る、消す、調子を描くの繰り返し。
形の狂いを発見するには、鏡を使うと便利だ。デッサンを鏡に映して狂いをチェックする。このチェックは、調子を入れる前にやった方が良い。調子を入れてからフォルムの狂いをチェックし、狂いがあって修正では、調子の描写が無駄になる。
油彩画の場合
19世紀のアカデミック絵画では、油彩画を描く前にデッサンをしっかり行っている。構図を決め、モデルの選択、ポーズを決定し、モデルをデッサン。その後、本制作に使うキャンバスよりも小さめのキャンバスで色彩粗描。構図や色、コントラストをこの段階であらかた決めてしまう。その後、本制作用のキャンバスにフォルムを転写、彩色を始める。基本的にはこのような順序で描かれていた。
習作を描く場合
習作の時は、デッサンや下絵を省略して、キャンバスに直接描き始める人もいるだろう。その場合は、バーントシェンナと揮発油で、形を取っていく場合が多い。バーントシェンナ(でなくてもいいのだが)を使うのは、上に乗せる色にあまり影響を与えないからだ。比率やフォルムの狂いをこの段階で徹底的にチェックする。まずは、フォルムをある程度取っていく。これは、デッサンと同じ考え方。デッサンでフォルムを優先する描き方をしていないと、油彩画でも、絵の具を乗せながら形を取る描き方になる人が多い。これをやると、余計な絵の具、余計なマチエールが出てしまい、非常に仕上げに時間がかかってしまう事になる。絵の具を乗せる段階での試行錯誤は、できるだけない方が良いのだ。それでも修正する箇所はどうしても出てしまうが、できるだけ、大規模な修正は必要ないようにしたいものだ。油彩画で必要になる作業が絵の具を乗せる作業になる。これは、キャンバスの布目を消す作業と言い換えてもいいだろう。19世紀のアカデミック絵画では、キャンバスの布目の凸凹を嫌って細目のキャンバスが良く使われていた。緻密な描写を目指すのなら細目のキャンバスを使った方が便利だろう。最初に布目をある程度消すべくベースを作っておくやり方が、結局は合理的なように思える。どうして、こうも布目に拘るのか、絵を描かない人には、分かり難いと思うが、このキャンバスの布目の凸凹が、後々厄介な事になってしまうのだ。キャンバスの裏を使って、そこに麻紙を貼る人もいる。いろいろやり方はあるので研究してみる事をお勧めする。普通にやっていたのでは上手くいかない。
デッサンでも油彩画でも、描く者の能力によってフォルムの課題も変わってくる。初心者が巨匠の真似事をしても成長を阻害するだけで、あまり効果的とは言えない。初期のフォルムを取る段階での時間を長くする描き方が良い。実は、調子は、ある程度荒い方がリアルに見えるのだ。調子をこすりすぎると、ぬめぬめの絵になってしまい、絵にキレがなくなってしまう。
フォルムは絵の造形、核になる部分なので、フォルムで絵が決まってしまうと言ってもいい程重要になる。日本の場合、調子の描写に時間をかけ過ぎる傾向がある。実際、課題はフォルムにあるのだが、それに気づいていない場合も多いのだ。今一度、基礎訓練の仕組み、その意味を理解して見直してみる必要があるだろう。
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