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2015年08月12日10:27

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パクリ騒動その後

パクリ騒動その後
 東京五輪のエンブレム問題が、思わぬ波及を生んでいる。サントリーの賞品用トートバッグを件のデザイナーがデザインしたのだそうだが、それが、元ネタのあるパクリだとネットで騒がれている。アイデアがそっくりな物、画像を拝借している物、様々だ。デザイン業界には詳しくないので、内情がどうなっているのかは良く分からない。ただ、アイデアだけをパクるなんてのは日常茶飯事なのかも知れない。新人だったり、立場が弱い場合、パクられても文句を言えないのが実情なのだろう。実力ではなく、権威付けで仕事を取ると言うやり方は、19世紀のアカデミック絵画のやり方と同じだろう。印象派の画家達は、独自の絵画スタイルを生み出そうとしていた新人で、権威のあるアカデミック系の画家や子飼いの評論家、利害関係のある有力者から叩かれていた。印象派の画家達は、その後日の目を見るので、まだ救われるのだが、権威や権力によって新しい芽を摘んでいれば、フランスは西洋絵画の歴史の中に沈んでしまっていただろう。今回の騒動も権威主義の横暴を連想させる。東京五輪のエンブレム募集に際しての応募要項に、受賞歴が挙げられており、新人は応募できなくなっていた。元から新しい可能性を取り込もうと言う意図はなかったのだ。オリンピックが大きな利権の固まりとなってしまっているため、利権の囲い込みが起こってしまっている。餌に群がるハイエナのような様相を目の当たりにして、改めてオリンピックって何だろうと疑問が起こってくる。それが現実だと受け入れている人もいるだろうが、このようなオリンピックに未来はないだろう、と直感している人も多いのだ。一部の権威主義者は、大衆を見下していると共に、大衆を恐れてもいる。過去の歴史を見ても、権威が大衆によってズタボロにされる例は珍しくない。19世紀のアカデミック絵画ですら、大衆の支持を失った後は、歴史の表舞台から消えたのだ。ブグローが日本で知られるようになるのは、最近の事だ。生々しい感情が消え、冷静に絵画の歴史的事実として研究する専門家が増え、19世紀のアカデミック絵画が再調査され始めた結果だった。再評価と言うのは、価値の逆転ではない。正当に評価しようと言うだけの話だ。権威や権力の装飾を取り去った後、その絵画が本来持っている価値を客観的に評価しようと言う動きだ。今回の東京五輪に絡む騒動には、常に権威や権力が付きまとう。名のある建築家、有名なデザイナー、立派な肩書きのある人達が選ばれている。本当に作品本位で選らんでいるとは思えないのだ。作品本位で、選ぶ気もないのだろう。今は、大衆を見下して、ネットでの騒動を愚かな行為だと思ってたかをくくっているのかも知れないが、小さな穴一つ開いただけで、堤防が崩れていくように、権威は意外に脆いものだ。重要な事は誠意を持って対応する事だろう。対応を誤り価値観が逆転してしまうと、奈落の底へ突き落とされてしまう。権威が逆に悪意の象徴となってしまうのだ。権威があるからこそ叩かれる。そんな状況になってしまいかねない。そんな事は分かっているだろうが、やはり、水は上から下へ流れると思い込んでしまう。だが、上から流れてくる水は、どこから来たのか、下から上へ舞い上がった水蒸気が水になるのだ。今回のような騒動が起きるのは、多くの人たちが、現状のオリンピックのやり方に違和感を感じているからだろう。やはり、時代に合わなくなってきているのだ。
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