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2014年11月30日23:24

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若き松本健一――『ドストエフスキイと日本人』Revisited

『三島由紀夫 亡命伝説』に続き、『ドストエフスキイと日本人』を再読した。本当は『明治天皇という人』を読みたかったのだけど、図書館になくて、代わりに書架にあった『ドストエフスキイと日本人』を久しぶりに手に取ることになった。

『ドストエフスキイと日本人』は、朝日選書から出ていた旧版を持っていたのだけど、人に貸したきり帰ってこなくなって、手許にはなくなっていたので、実に20年ぶりくらいの再読である。

『ドストエフスキイと日本人』は、僕が初めて読んだ松本氏の著作でもある。僕は、北一輝ではなく、ドストエフスキーから松本氏の世界に入って行ったのだった。

『ドストエフスキイと日本人』と出会ったのは、水道橋の古書店の500円均一本コーナーでだった。確か95年か96年だったはずなので、僕が25歳くらいの頃である。はじめて見た「松本健一」という著者名に不思議な若々しさを感じ、どんな人なのだろう――と微かに著者本人に興味を持ったのを覚えている。まさか、その数年後に本人とじかに会う機会があるとは、そのときは思いもしなかった。しかし、なんの予備知識もなくその名前自体に感じるものがあったというのは、やがて訪れる一期一会の予兆だったと考えれば考えられなくもない。

その頃僕は、全共闘にも二二六事件にも右翼にも左翼にも興味がない、ロックと西洋文学好きの非政治的な青年に過ぎなかったので、主に日本近代文学と日本近代思想史を主戦場とする松本健一氏とアクセスする機会がなく、その名前をそれまで知ることもなかったのだろう。

現在の眼から見れば、シクロフスキーもバフチンもグロスマンも参照せずに書かれた『ドストエフスキイと日本人』は、ドストエフスキー論の水準としては、正直かなり見劣りする。しかし、松本氏自身断っているように、『ドストエフスキイと日本人』はドストエフスキー論やドストエフスキー研究ではなく、あくまで「日本におけるドストエフスキー受容」の1970年代までの通史であり、そう思って読めば、初版の刊行から39年を経た2014年の現在でも、未だに教えられるべきものも多く、何より、これがロシア文学専攻でもない執筆当時若干28歳の青年によって書かれた一冊だというのは、その若年客気も含めて、やはり驚くべきことである。

松本氏は、処女作『若き北一輝』と並行しつつ『ドストエフスキイと日本人』の草稿を発表のあてもないまま石川啄木旧居近くの本郷菊坂の六畳一間の下宿で書き続けたという。時は70年代前半、三島の自決と連合赤軍の時代である。

そんな70年代前半の暗く血腥い雰囲気を、『ドストエフスキイと日本人』も濃厚に湛えている。松本氏は、日本におけるドストエフスキー受容には70年代までに6回の波があり、その最後の6回目が、氏自身を含む全共闘世代によるドストエフスキー体験であったという構想に基づき『ドストエフスキイと日本人』を書いている。全共闘世代とは、三島事件と連合赤軍事件を同時代的に体験した世代である。実際、『ドストエフスキイと日本人』の最終章は三島への言及で終わっているし、レグルス文庫版に加筆された「あとがき」には連合赤軍への言及もある。そして、『ドストエフスキイと日本人』で自身のドストエフスキー体験を「総括」したのち、松本氏はついに一度もドストエフスキーを本格的に論じることはなかった。これは、ドストエフスキーに託した松本氏にとっての「連合赤軍論」だったのではないか。さらにうがった見方をすれば、『ドストエフスキイと日本人』は、松本氏にとっての『日本浪曼派批判序説』に相当する著作だったのかもしれない。橋川文三が『日本浪曼派批判序説』によって自身の青春に一つのピリオドを打とうとしたように、松本氏もまた師の橋川に倣って『ドストエフスキイと日本人』によって自身の青春にピリオドを打とうとしたのではなかろうか。――久しぶりに再読して、そのような感想も抱いた。

ほかに、大東亜戦中のドストエフスキー受容として「近代の超克」座談会や蓮田善明の『有心』への言及がないとか、ヘッセのドストエフスキー論を引用しつつ戦間期ドイツの保守革命思想に決定的な影響を与えたメラー・ファン・デン・ブルックによるドイツ語訳ドストエフスキー全集への言及がないとか、折角北一輝や三島への言及があるのに橋川文三への言及がないので二二六事件における「大審問官モチーフ」がまったくスルーされてしまっていることとか、さらにレグルス文庫版に新たに加えられた章における村上春樹に対する理解をまったく欠いている記述――とか、不満を言い出せばいくらでも出てくるのだけど、しかし、28歳の徒手空拳の若者が自身の青春に一つの決着をつけるべく書き上げた著作だと思えば、そんな不備や欠点すらも美しく感じられる、そんな「若き松本健一」を記念した一冊だと約20ぶりの『ドストエフスキイと日本人』再読で思った次第。

最後に、約20年ぶりに再読して最も印象的だった『ドストエフスキイと日本人』の文章を引用しておく。

「わが国の近代は大ざっぱにいえば、ドイツにおけるニーチェ、中国における魯迅、すなわちロシアにおけるドストエフスキイをもたなかった。これらの作家に共通するのは、遅れて近代化をはじめた国ぐにで、相乗化された近代の毒にのたうちまわりながらも、その毒をみずからの身体からしぼりだそうとする苦闘、とでもいったらよいだろうか。そして、かれらのその苦闘こそが、わがくにの近代文学をそのままで容認することができぬ読者たちをひきつけた所以であった。これを称して、近代日本文学とドストエフスキイのとの逆縁というのである」(松本健一『ドストエフスキイと日本人』)
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