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2026年10月01日09:39

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2026年9月、アメリカでの米中会談でのトランプ大統領の米中同盟発言、

2026年9月のアメリカでの米中会談でのトランプ大統領の米中同盟発言を受けて
 実を言うと、明治以降の日米中の関係は、ややっこしいのです。歴史的事実を示すと、当時アジアの諸国は、ほとんどが列強の植民地となっていた。1894年に日清戦争が勃発、95年まで続き、日本が勝利、台湾を割譲し、台湾が日本の植民地となる。では、清国と日本の関係は、悪かったのか、というとそうでもない。当時の清国は、満州人が支配しており、満州人の愛新覚羅溥儀を皇帝に据えていた。溥儀と日本政府の関係は、親密なものだったことは確かなのだ。一方で、中国革命の父とも言われる孫文も日本は受け入れている。魯迅も日本に留学していた。孫文は、日本に革命の拠点を置いていたとも言われる。どういうこと?と不思議に思うだろうが、日本は、二面外交を行っていたということのよう。1912年に清国が倒れ、共和制の中華民国が誕生する。トランプ大統領がいう、米中同盟は、この中華民国とアメリカとの関係を指す。実際、米国と中華民国は、共闘することになる。中国共産党は、1921年に正式に中国に誕生。もちろん、中華民国を支える国民党とは、敵対することになる。1937年に、支那事変勃発。当時は、事変と言っていた。これは、宣戦布告をしないまま武力闘争が始まったためだろうが、日本政府は、意図的に宣戦布告をしなかった模様。後に、日中戦争と言われるようになる。もちろん、中国への野心を隠さない日本とアメリカの関係は、悪化。1941年についに、太平洋戦争が勃発。中国とアメリカは、共に日本と戦ったというのは、この時代のことを指している。中国共産党は、まだ勢力が小さく、国民党軍を敵視していたため、日本軍とは、積極的に戦ってはいなかった。後に、毛沢東も、日本軍は、主に国民党軍と戦闘していたため、共産党は、助かったとさえ発言している。共産党軍と日本軍が、まったく戦わなかった訳ではなかったが、ほとんど戦闘はしていなかった。結果、共産党軍は、戦力を温存でき、国民党軍は、戦争に勝利したものの、ボロボロの状態になっていた。また、アメリカ軍も、日本との戦争で疲弊しており、大きく戦力ダウンした状態。戦後直ぐに始まった中国内戦には、アメリカは、関与しなかった。日本とまともに戦わなかった共産党軍だけが、元気だったということのよう。国民党軍は、大陸を追われ台湾に逃れる。1949年に中華人民共和国誕生。毛沢東は、日本をことさら敵視することもなく、戦争の賠償も請求しなかった。また、反日教育も行っていない。日本は、軍国主義の犠牲者だと、さえ言っていたそうだ。毛沢東は、日本に対して、悪感情を持っておらず、感謝すらしていたとも言われる。中国で、反日教育が始まったのは、天安門事件以降だと言われている。アグネスチャンが、私は、反日教育を受けていない、と言うのは、正しくて、当時香港がイギリス領だったこと、そして、毛沢東が反日ではなかったことなどによる。1950年に、朝鮮戦争が勃発。当時の日本は、連合国の占領下にあった。良く、共産党が、朝鮮戦争に参加した、と言われるが、実は、これも微妙で、朝鮮戦争に派兵されたのは、国民党軍の残党だったのではないか、とも言われている。その後、中国とソ連の間で対立が激化し、武力衝突に発展。中ソの関係が悪化し、中国は、アメリカや日本に擦り寄るようになる。結果、日中、そして、米中の国交が回復、政治的には、日本とアメリカの二国は、台湾と距離を取るようになった。が、米国が台湾を見捨てた訳ではなく、軍事的支援は継続された。中国の太平洋への進出を抑え込む意味でも、台湾、日本、グアムは、非常に重要な意味を持っている。日、米、中の関係は、時に二面外交を行い、時に敵対し戦争を行い、時に同盟を結び、時に、友好国となるなど、目まぐるしく変化していた。どの時代の関係を語るかで、立場や関係は、変わってしまうのだ。単に敵対、単に友好という訳ではなかった。明治から現代に至るアジアの歴史は、まさに激動、戦後、アジアでは、独立戦争ラッシュが始まる。これも太平洋戦争と無縁ではない。戦争によって支配者である列強の力が弱まったのが理由の1つだと言われる。




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