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2026年09月19日14:54

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9/13 藝大式美術の”ミカタ”ーこの夏、藝大生になるー@東京藝術大学大学美術館

中学生の時、美大に行くことにちょっと憧れた。でも「お絵かき」をやめて「絵画」を始めたら、自分にはこれっぽっちも才能がないことがわかり、「お絵かき」は好きなままでいたいから、美大は諦めた。だけれど、いまでも憧れている。



展覧会は、大学の授業にならって全部で12限で構成。東京藝術大学の現役教員が講義を担当する。入り口で配布されるワークシートに1限終了ごとにハンを押して、最後に「修了証」のハンを押して卒業。3時間みっちりかかった。
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作品リストは、紙はなく、QRコードで。写真撮影は、1限目と10限目をのぞいて基本的に可。
日曜日に行ったせいか、案外人は多かった。なぜか子どもも多かった。


面白い展覧会だったか、と聞かれると実は微妙。講義(セクション)によっては、ものすごく興味深いところもあったし、初めて知ってびっくりしたこともあったけれど、展示作品はあまり魅力的ではなかった。
そして、一つだけ、とても引っかかることがあったのだ。



1〜4限の講義は、東京藝大の前身「東京美術学校」設立時の歴史に関わってくるのだが、岡倉天心「茶の本」以外はすべて、別に設立された工部美術学校と後にできた西洋画科のこと。西洋画といえば、ご存知、外光派の黒田清輝である。一方、日本画科に関わる講義は、5限の「絵巻の模写」だけである。なぜ西洋画ばかりなの?



そもそも東京美術学校ができたのは、フェノロサと岡倉天心の尽力によるもので、その目的は伝統美術の保護と育成で、最初は絵画科(日本画科)と木彫科の2科だけであった。教官は橋本雅邦らで、第一回卒業生の横山大観たちが指導教員に加わった。
たしか、藝大は、美大設立にあたった狩野芳崖の名作《悲母観音》を所蔵していたはず、日本近代絵画の記念碑的作品だと思っている。これが見られると思って期待していたのに、ない。展覧会では日本画には全く触れていないのだ。

史実では、1898年に「美術学校騒動」が勃発して、岡倉天心が校長辞任、慕う教官たちの多くも辞任して、日本美術院を作った。大分裂である。

日本美術院の中心人物であった横山大観らが「朦朧体」という新しい形の日本画を提唱し、菱田春草が日本画に伝統と革新の融合をはたす…と認識していたが、これらのことには全く触れず。藝大側としては触れたくない部分?なんだかモヤモヤしてしまったぁ。

この展覧会、今年から毎夏3回にわたってシリーズ化するという。さて、来年はどうするか。

アルバムあります。
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121477496&owner_id=2083345

https://museum.geidai.ac.jp/exhibit/2026/07/mikata2026.html
https://geidai-art-mikata.jp/index.html
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12の講義で東京藝大をひもとく。
本展覧会は、2026年〜2028年の3年に渡って毎夏に開催するシリーズ企画の記念すべき第一回展です。東京藝術大学現役の講師陣が贈る12コマの「講義」を、美術館の中で「展覧会」として展開します。美術の歴史、実技、表現、鑑賞、素材、保存修復など、美術に関する多様なテーマを、同大学の貴重なコレクションを中心とする芸術作品を教材として「聴講」するように味わう、これまでにない贅沢な鑑賞体験をお届けします。
会場では現役の藝大生による模写の実践や、気軽に参加できる体験展示やワークショップも実施予定。大学キャンパスにある美術館で、ご来場者のみなさま一人ひとりが「藝大生」となって、美術の奥深さや楽しみ方を学ぶことができる展覧会です。


1限目 絵画基礎演習「模写してわかる油絵のミカタ」
「まねぶ美術館 〜模写でよみとく美の手とこころ〜」
担当:宮本武典(絵画科油画専攻)

写真撮影は不可。現役藝大生が模写している様子をライブで見られる。いいな、やりたい!フランス留学中に模写がいかに大事な教育手段かを痛感した黒田清輝が模写したレンブラント作品が展示。


2限目 日本近代美術史概論「名作で学ぼう日本の洋画」
「西洋美術に出会った日本 工部美術学校から東京美術学校へ」
担当:熊澤 弘(大学美術館)

チャールズ・ワーグマン《自画像》
高橋由一や五姓田善松に油彩画を教えた人。
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高橋由一《司馬江漢像》
司馬江漢は、見様見真似で油絵具を拵え「洋風画」を描いた人。
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アントニオ・フォンタネージ《牧牛》
明治9年工部美術学校が設立され、イタリア人画家フォンタネージが教授に招かれた。フォンタネージ展は近々東京に巡回してくる、楽しみ。それにしても、最初に招聘した西洋人画家がフランス人ではなく、ルネサンス発祥の地イタリアの人だったところが面白い。
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浅井忠《収穫》
フォンタネージに学ぶ。
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かくして、ヨーロッパ留学ブームが起きる。


原田直次郎《靴屋の親父》
ドイツ・ミュンヘンに留学。「ハゲ頭三部作」と(私が勝手に)名付けた3人の肖像画を埼玉県立美術館で見て以来、好きな作品。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1951062297&owner_id=2083345&from=list_diary_search
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黒田清輝《菊圃》
日本に外光派を広める
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久米桂一郎《夏の夕(鎌倉)》
目黒に久米桂一郎の小さな美術館がある。黒田清輝とともにフランス留学。黒田ほどの才能がないと久米は自覚し、画家としてよりも裏方に周り、学校経営の方を担ったと記憶する。うまいと思うけどね。
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明治16年に工部美術学校は廃校。明治29年に東京美術学校に西洋画科ができ、主導したのが黒田清輝。黒田はパリで、ラファエル・コランに師事。

私が最初に述べた明治31年の「美術学校騒動」は天心のワンマン経営や不倫スキャンダルが原因だったようだが、学校側(=政府側)の、日本画軽視と西洋画育成重視の方針が根本原因だったらしい。

和田英作《渡頭の夕暮れ》
西洋画科の卒業制作第一号。
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3限目 西洋美術史概説�掘崟祥里里�わいい?絵」
「東京藝大で教わる西洋美術の見かた 女性画家ラグーザ玉の戦略」
担当:佐藤直樹(芸術学科芸術学専攻)

ラグーサお玉の名は有名。
工部美術学校の彫刻家講師だった夫ラグーサとともにイタリアに帰国した玉。イタリアでも画家として生きようと選んだのが、当時流行した英国の「ファンシー・ピクチャー」だった。女が女で生きたいくため、女性らしい表現を生かすという戦略だとは!そこまでは知らなかったなぁ。



ヴィンチェンツォ・ラグーサ《清原玉像》
聡明で意思の強そうな女性だ
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ラグーサ玉《春》
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4限目 日本美術史特講�供崙�本美術の大事な話」
「岡倉天心『茶の本』を読む」
担当:古田 亮(大学美術館・総合監修)

岡倉天心が、日露戦争後に記した「茶の本」は、茶道の手引書ではなく、日本における茶の文化を紹介しながら日本人の美的価値観について述べたもの。それを可視化しようとした展示でなかなか興味深かった。

平櫛田中《五浦釣人》
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三上亮《茶碗三種「天目茶碗、井戸茶碗、盌 Distill》
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扶桑周耕《鍾馗図》
岡倉天心が収集して最初の収蔵品となった室町時代の作品。
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5限目 日本画研究�機岾┫�の模写はこうする!」
「古典模写―国宝絵巻をうつし、まなぶ―」
担当:�眦膩住法奮┣莢米�本画専攻)

私としては、これが最も興味深かった。1年生で国宝《随身庭騎絵巻》、2年生で国宝《絵因果経》と国宝《源氏物語絵巻》の模写が課せられる。大学院では2003年より日本三大絵巻の《源氏物語絵巻》《伴大納言絵巻》《信貴山縁起絵巻》の模写が続けられているという。この模写の仕方がすごいのだ。
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「上げ写し」という方法なのだが、細い筆で点描のように書き進めていくので、1日の作業でかけるのはわずか五百円玉程度の範囲だという。あま理にも地道な作業なので気が遠くなる、VTRを見入ってしまった。


6限目 彫刻保存特殊講義「藝大式、仏像のお医者さん」
「模刻から学ぶ仏像の保存修復」
担当:岡田 靖(文化財保存学専攻)

この授業もかなり充実。開校したばかりの東京美術学校では、古美術の研究も推進され、東大寺や興福寺の諸尊の模刻制作、さらには中尊寺金色堂の修復を担った。古美術の模刻から学んだことは、新たな日本の彫刻芸術作品を生み出すことに繋がり、近代日本の殖産興業の一端を担うことにもなった。

新納忠之介《渡海達磨像》
中尊寺金色堂の修復を中心となって行った新納の卒業制作。学生時代から完成度の高さ。
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《月光菩薩坐像》
高山寺蔵の薬師如来坐像、東博蔵の日光菩薩坐像と一具とされる。損傷が激しいが故に構造、材料など観察できる有益な研究資料になっている。
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白澤陽治《想定復元模刻・月光菩薩坐像》
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肥後別当定慶《毘沙門天立像》
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王工一《想定復元彩色模刻・毘沙門天立像》
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快慶《大日如来坐像》
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信太司《快慶作大日如来坐像による木彫仏像技法研究》
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7限目 特別鑑賞演習「動物の目で作品を見てみよう」
「藝大美術館に住む動物たち」
担当:丸山素直(デザイン科デザイン専攻)

雰囲気が一変。猫や犬、鳥などを題材にした絵画や彫刻が集合して、まるで図書館のプレイルームのよう。専門知識がなくても「かわいい」「おもしろい」と感じるところから美術作品を見る楽しさを広げようという授業。感じたことを書いて貼るのはお子様に人気。
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小倉遊亀《径(こみち)》
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他はアルバムでどうぞ。可愛い動物がいっぱいです。
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121477496&owner_id=2083345


8限目 クリエイティヴ・アーカイヴ演習「見て、触れて、言葉にして」
「鑑賞体験におけるデジタル技術の可能性」
担当:田口智子・倪雪(未来創造継承センター)

こちらも参加型授業。
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3つの作品の中から選んで、作品を見て感じたこと、思ったことの「言葉」を次々と入力すると、AIが、私の「ミカタ」タイプを分析する。で、私の結果はこれ
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9限目 地域文化研究「タイムスリップ! 画家たちがいた東京」
「大正〜昭和初期 東京の文化的変容」
担当:村上 敬(大学美術館)


小絲源太郎《屋根の都》
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和田英作《野遊び》
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10限目 近現代作家論「フジタを知っていますか?」
「生誕140年 藤田嗣治 日々の記録」
担当:古田 亮(大学美術館・総合監修)

撮影不可。東京美術学校時代の藤田の作品や指導教官の作品を展示


11限目 リサーチプロジェクト演習「海を越えた学びをたどる」
「東京藝術大学と中国人留学生〜胡根天の留学と帰国後の活動〜」
担当:牛島大悟(先端芸術表現科先端芸術表現専攻)

1915年から20年、日本に留学した中国人学生「胡根天(フーゲンテン)」氏にクローズアップ。帰国後は広州市立美術学校を設立し、中国の近代美術教育に貢献したそうだ。
これには驚き。全く知らなかったこと。



講義にはなかったが、中国は1911年に辛亥革命が起こり、清が倒れ、中華民国設立、袁世凱独裁で混乱の時期ではなかったか。西洋の近代科学や制度を短期間で、しかも同じ漢字文化圏である日本から吸収できるとあって、中国人の日本留学ブームの時代があった。だけれど、1966年から起こる文化大革命の10年間、かなりな迫害を受けたはず。そのあたりも知りたかった。


12限目 版画制作実習「なぜ? ゴッホのプレス機が藝大に」
「ゴッホがつなぐ日本と西洋の版画」
担当:三井田盛一郎(絵画科版画研究室)、熊澤 弘(大学美術館)

最後は、ゴッホを題材に、デューラー、レンブラントから、現代作家までの作品を通して、銅版画制作の歴史をひも解く。目玉は、プレス機。

ゴッホ主治医のポール=フェルディナン・ガシェからゴッホ、そしてパリで活躍した銅版画家・長谷川潔へと受け継がれ、同じく銅版画家で藝大出身、かつ藝大教授も務めた駒井哲郎の尽力で藝大美術館に納入されたという。長谷川潔は先ごろ回顧展を見たばかり。
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ゴッホ《ガッシェ博士の肖像》
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長谷川潔《アレキサンドル三世橋とフランス飛行船》
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三井田盛一郎《頭蓋の部屋ーベケットの主題による銅版画「マロウン死す」よりー》
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9月23日まで フォト
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アルバムあります
https://photo.mixi.jp/view_album.pl?album_id=500000121477496&owner_id=2083345

ランチはガバオライスフォト
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