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2026年05月12日05:32

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僕の読書ノート:時を駆ける青年の両親への愛と恩返し、そしてその父の青年期の親への愛憎を描く東野圭吾の『時生』を読む(下)

 拓実と意識の無い実母との対面は、それが本当の最後の別れとなった。僕の『時生』(写真)の読書ノートの続きである。

◎名古屋に向かう高速バスで
 だが別れは、それだけではなかった。トキオと別れの時も迫っていた。
 7月10日、拓実は淳子から「母死す」の電報を受け取る。その電報を誰からで、どんな内容か、トキオは知っていた。どうして分かったと拓実が聞くと、トキオは「7月10日だからさ」と応えた。その理由を深く考えられる余裕も無く、拓実は実母の死にショックを受けていた。実はこの日、悲惨な大事故が起こることになっていた。
 翌日、拓実とトキオは、東名高速バスで名古屋に向かう。新幹線でなくバスを使うことは拓実の発案だが、新幹線で行くと拓実が行ったら、トキオがバスに強引に変えさせるつもりだった。そこに、拓実の運命の大転換が待っていた。
 足柄サービスエリアでの休憩で、トイレに急ぐ拓実に、トキオはキーをつけたまま駐輪してあるバイクを凝視する。その直後のトキオの視線の先に、赤いカローラに乗り込もうとしている3人の若い女性がとらえられた。1人は髪をポニーテールにしていた。カローラは発進した。

◎別れを告げたトキオは日本坂トンネル火災の中へ
 トキオは、「ここでお別れだ」と拓実に告げる。そしてさらに「拓実さんといられて幸せだった。この世界で会う前からそう思っていた。生まれてきてよかったと思ってる」と謎のような言葉を続け、トキオは駐輪中のバイクに奪取し、カローラを追った。
 それに、拓実の後の妻となる麗子が乗っていた。日本坂トンネルに差しかかろうとしていたカローラは、追いついたバイクのトキオから事故が起こるからすぐに逃げろと告げられ、麗子たち3人は危うく難を逃れる。カローラの後に続いていたバスの拓実も無事だった。
 トキオは、さらにトンネル内に突っ込んで行き、必死で多くの車に避難を呼びかけていた。
 しかしトンネル下り線で発生したタンク車などの多重衝突事故に巻き込まれ、多くの乗用車などが燃え、7人が焼死する史上最悪の事故となった。日本坂トンネル火災事故である(写真)。しかし死者のリストにトキオの名はなかった。忽然と消え去ったのだ。

◎行方知れずのトキオの謎
 その頃、拓実は立ち上がったばかりの移動通信会社に就職していた。かつてのどうしようもない無頼漢から立ち直り、真面目なサラリーマンに変身し、仕事に打ち込んでいたのだ。
 2カ月後、ずっと新聞記事でトキオの消息を探していた拓実は、一風変わった記事に目をとめる。20歳のヨット部の学生が静岡の海岸でヨットが転覆し、一緒の大学生と共に水死したはずなのに行方不明になっていた遺体が新鮮な状態で見つかったというのだ。
 水死した日は拓実が花やしき(写真)でトキオに出会った日で、遺体発見は日本坂トンネル火災事故の起こった日だった。水死した肉体を借りて、時空を駆けてトキオが20年前の浅草花やしきに現れ、そして使命を終えて再びどこかに旅立ったのか。
 拓実は須美子の遺品を受け取りに再び東名高速バスで名古屋に向かう。そしてその車中で、カローラに乗っていたポニーテールの女性に再会し、無事を祝福し合い、拓実は名古屋で降車する前に再び会うことを約束する。

◎トキオが救い拓実の愛した麗子は遺伝病の保因者だった
 そして2人は、交際を始め、ほどなき拓実は麗子にプロポーズする。しかしその場で、麗子から自身の「呪われた血」を告白される。
 何かに憑かれたように拓実は、麗子、そして反対する麗子の両親に結婚を許してくれるよう説得する。トキオと会う前のいい加減さは、もうどこにもなかった。拓実の熱い気持ちに麗子も両親も折れ、2人は結婚できる。しかし「子どもをつくらない」ことを、麗子とその両親に約束しながら、2年後に麗子は妊娠してしまう。拓実に、中絶の意思はなかった。麗子と両親を説得し、何があっても、生まれた子を精一杯、慈しんで育てるつもりだった。生まれた子は、4分の1でグレゴリウス症候群をやがて発症する運命の男児だった。2人は、遺伝子検査をするの結果に動揺することもなく、時生と名付けた子を育てる。
 実際、どこに行く時も時生と一緒で、時生は元気に育っていった。4WDのワゴン車を買い、麗子と時生と共に北海道など全国を回った。時生は、学校の成績も良く、スポーツも得意で、リーダーシップがあり、たくさんの友だちを出来た。

◎発症し、臨終の床にある時生に向かって叫んだのは
 その幸せは、中学3年生までだった。高校に入ってすぐ時生は、専門病院に入院した。そして運動機能も意識も、徐々に失われていった。覚悟していたこととはいえ、2人にとって、また時生にも辛い日々となった。
 やがて最期の時が訪れる。その日、病院の待合室で、拓実は麗子に初めて20年前にトキオと会っていたことを打ち明ける。それに触発された麗子もまた、20年前の日本坂トンネルで事故から救ってくれたのが転生したトキオであったことに気づく。
 主治医に呼ばれて病室に呼ばれた最期の瞬間、拓実は重大な任務が残っていたことに気がついた。それを済ませなけれぱ、時生は新たな旅を始められない。
 拓実は、時生の耳元で声を限りに叫んだ。
 「花やしきで待ってるぞ」と。
       ×           ×           ×
 再読だった『時生』だが、むしろ最初に読んだ時よりも受けた感銘は深い。
 死者の体を借りての過去へのメタモルフォーゼにより両親の生を変えるというのは、荒唐無稽そのものだ。しかしそれを超えた2人の青年――時生と20年前の拓実――の肉親への情愛、極限の2つの死に向かい合い、それを受け止める肉親の強い絆が胸を打つのだ。
 魂が未来に飛び、自分を産み育て慈しんでくれた両親の命を救い、そして出会わせるトキオの親への深い愛と恩もまた、現代の希薄な親子関係を思うと深い感動をよぶ。

注 容量制限をオーバーしているため、読者の皆様方にまことに申し訳ありませんが、本日記に写真を掲載できません。
 写真をご覧になりたい方は、お手数ですが、https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202605120000/をクリックし、楽天ブログに飛んでいただければ、写真を見ることができます。

昨年の今日の日記:「黒部立山アルペンルートととなみチューリップフェアの旅(7):黒部平で360度のパノラマ景観に感動」https://plaza.rakuten.co.jp/libpubli2/diary/202505120000/

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